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さようなら、旦那様
何処までもここは夢の世界
しおりを挟む翌日、早めに朝食を食べて、二人は砂漠のリゾートホテルを後にし、空港に来ていた。
桔平は真珠には、まだゆっくりしていていいと言ってくれたのだが、真珠もついて来ていた。
桔平の後輩は、到着時も利用できる有料ラウンジで寝ていると言っていたらしい。
ホテルを出て車で走っていたとき、霧に包まれたドバイの街が砂漠の向こうに見えてきた。
またあの夢の世界に戻るのかと思ったものだ。
いや、何処までもここは夢の世界のような感じなのだが……。
そんなことを考えながら、二十四時間人でごった返している空港の中を歩いていると、桔平がふと気づいたように言ってきた。
「うちの後輩もお前も、パスポート持ってたから、ひょっとドバイまで来れたが。
持ってない可能性もあったよな」
「そうですよ。
パスポート切れてるなんてことよくありますよ」
「ああ、お前はモルディブに行ったんだったか」
「……パスポート、切れないよう気をつけてたんです」
ちょっと前にモルディブに行っていたから、運良く持っていたというわけではない、と暗に告げる。
式が終わったあと、桔平が言ってきた。
妻が必要になるときまで自由にしていていいと。
そんな桔平に真珠は言った。
『困ったことがあったら呼んでください。
いつでも何処でも、あなたが呼ぶのなら。
砂漠でも、宇宙でも。
きっと駆けつけるから――』
それはそれで熱烈な愛の告白のようにも聞こえるな、と真珠は今になって思っていた。
真珠は、桔平に、いつ、何処に呼ばれても駆けつけられるように、パスポートが切れないようにしていたのだ。
「お前には日本の家の鍵を渡していたはずだが、一度も来ていないようだな」
好きに使ってよかったのに、と言われるが。
いつでも来ていいと言われたから、いつでも行かなかったんですよ……と真珠は思う。
そのとき、
「花木!」
と声がした。
振り向くと、大学の先輩で前の職場でも一緒だった中峰がスーツケースを手に立っていた。
大学でも会社でもいつも頼りになるやさしい先輩だったし。
細身で爽やかなイケメンなので、女子に人気もあった。
ちょっと気弱なイメージではあったが。
「先輩、どうしてここに……」
「中峰、お前、真珠を知っているのか」
と桔平が言うと、中峰は困った顔をする。
「やっぱり、花木のご主人は先輩だったんですね。
さっき知り合いからメールが入ってたのに気がついて。
社食の人たちが、花木の本名は『有坂真珠』だって言ってたって……」
桔平は腕組みして渋い顔をする。
「冷静に考えたら、お前が追ってきたのは真珠だってわかったかもしれないのにな。
ちょっと俺もこのところ、熱に浮かされていたようだ」
中峰、と桔平は後輩に呼びかける。
「お前、真珠に告白しにこんなところまで来たんだろう。
お前先にしろ。
俺は後からする」
いや、なに言ってるんですか、この人は……と真珠は思っていたが、
「先輩っ」
と中峰は感激していた。
「……いやでも、花木はもう先輩の奥さんなんですよね?」
と確認していたが。
「偽装結婚だが、結婚はしている。
俺は俺で、こいつにちゃんとプロポーズしようかなと思ってたんだが。
さっきまでお前を熱烈応援していた気持ちの持って行き場がなくなったから、とりあえず、お前、告白しろ」
なんだかんだで人がいいな、この人。
……いや、知ってましたけどね、と思いながら、真珠は二人のやりとりを眺めていた。
二人は、いやいや、先輩こそ、どうぞどうぞと譲り合う。
このまま私を置いて、二人で呑みに行ってしまいそうだな……と思ったが、譲り合った末、中峰の方が告白してきた。
「花木。
こんなことになってしまって。
なにをしに来たのかわからなくなってしまったんだが……。
でも、ずっと胸に引っかかってたんだ」
突然、お前が会社を辞めてしまって、なにも言えないまま終わってしまったことが、と中峰は言う。
「お前がサークルに入ってきたあの日から、ずっとお前が好きだった。
……僕と結婚してくれないか? 花木」
楽しげな外国人の家族連れなどが横切っていく騒々しい中でも、中峰はそう真摯に告白してきてくれた。
真珠は中峰に向かい、頭を下げた。
「ごめんなさい。
先輩のことは尊敬してるし、とてもいい人だと思うけど。
結婚はできません」
真珠は桔平をチラと振り返り言う。
「……私は有坂さんに呼ばれたら、いつでも駆けつけないといけないから。
有坂さんと結婚したのは、よくわからないご先祖様の因縁と、うちの父親の経営手腕のせいだけど。
でも、有坂さんに呼ばれたら絶対駆けつけなければと思っているのは、それでじゃなくて」
私が駆けつけたいと思ってるから、と真珠は言った。
「有坂さんは、親に叩き売られた私に、好きにしていていいと言ってくれて、自由をくれた。
だから、私はそのことに感謝して。
有坂さんと結婚してから、どんなときもスマホを離しませんでした」
いつ呼ばれてもいいように―― と真珠は言う。
それで、桔平と一緒にいるようになってからは、あまりスマホを見ないようになっていたのだ。
ただ、桔平と戸籍上の結婚をしてから五年。
スマホをずっと握ってはいたが、呼ばれることはないかな、と思ってはいた。
仕事に私生活にと充実しているのだろう、この人の世界に、私は必要ないかな、と思っていたからだ。
だから、電話番号も登録してはいなかった。
「……すごい熱烈な愛の告白だね」
中峰は真珠が思ったのと同じことを言って、目を伏せた。
「……うん。
なんか吹っ切れたよ。
帰るよ、日本に!」
中峰は、そのまま引き返そうとする。
ええっ!?
十一時間くらいかけて、ここまで来たのにっ!?
と二人が引き止めようとしたとき、
「まあまあ、せっかくですから、観光でもされて帰ってはどうですか?」
という声が後ろからした。
振り返ると、侑李が立っていた。
「私がご案内しますよ、ドバイの街。
私が忙しいときは、七十代、八十代、九十代のうちの社員がご一緒しますから」
そう言って、使える秘書、未島侑李は微笑んだ
「……九十代の人が増えてますね」
と真珠は呟く。
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