先生、それ事件じゃありません3

菱沼あゆ

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あやしい人に会いました

事件を引き寄せますよね

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 観光に来たということは、この方は津和野の方ではない?

 じゃあ、事件と関係ないじゃないかとなんの事件なんだか知らないが思う。

 この、その辺りから赤い手毬でも転がってきそうな千本鳥居とかすごく似合いそうな人なのに……。

 いやいやいや。
 待て待て待て。

 もしかしたら、津和野の名家の息子で、よそで育てられ、今、津和野に引き取られてきたばかりなのかもしれない。

 夏巳はそんな妄想にはまっていたが、彼は、にこやかに微笑み言ってきた。

「私、山口市で呉服屋をやっております、水戸みとと申します」

 全ハズシかっ。

 津和野の人でもなければ、今、引き取られて観光に来たわけでもなかったようだ。

 だが、桂は何故か、

「ほう。
 山口市で呉服屋ですか」
と興味を示す。

 確かに、水戸さんのこの落ち着き、大店おおだなの若旦那っぽいが。

 先生、今度は山口市で事件を起こす気ですか、と夏巳は思う。

 いや、桂が起こしているわけではないのだが、桂の妄想が現実の事件を引き寄せている気がしていた。

 掘り返さなくてもいいものを掘り返しているというか。

 今までの事件もしょぼそうに見えて、よく考えたら、結構な大事件では?
と夏巳は気づいた。

 傷害に強盗に、浮気に殺人未遂。

 いや、浮気は個人的な大事件だが……。

 でも、今回もまた大事件に発展するかも。

 なんせ、『死、ハート』もあるもんな、と夏巳は身構える。

 小京都、山口の呉服屋は微笑み、
「いや、お二人とも和装も似合いそうですよね。
 今度ぜひ、遊びにいらしてください」
と名刺と呉服屋のチラシを差し出してきた。

 ……ただの宣伝だったのか? と拍子抜けした夏巳の前で、桂も水戸に名刺を渡していた。

 すると、水戸は、
「へえ、探偵さん……」
と意味深に笑う。

 美しい顔なので、妙な凄みがあった。

 その後ろで風に揺れる千本鳥居の周りの木々。

 やはり、この男、なにかが……っ!
と思ったとき、水戸が言った。

「うち、インバネスコートもいいの扱ってますよ」

 シャーロック・ホームズや金田一も着ている、レトロで格好いいあれだ。

「ほう」
とまた桂が興味を示した。

 水戸は巾着からスマホを取り出し、店のホームページに載っているインバネスコートを見せていた。

 ほうほう、と桂は真剣に吟味している。

「では、山口においでの際は、ぜひ、お立ち寄りください」

 『おいでませ山口へ』という山口県のキャッチフレーズ(?)をなんとなく思い出している間に水戸は千本鳥居の方に去っていった。

 やはり、ただの宣伝だったのか?
と思ったが、桂は晴れやかな表情で、

「よし、なんか満足したから駅の方に行ってみよう。
 SLが居るかもしれん」
と言い出す。

 ええっ?
 まだ、なにも起きてませんけどっ?

 なにに満足したんですかっ?

 津和野の雰囲気ある名所で、なんかあやしい感じの人にあったことっ?

 和装にも洋装にも似合いそうな素敵なインバネスコートを見つけたことっ?

 萩でそんなもの着て歩いたら、浮きますよっ、祭りのとき以外っ、
と思う夏巳の方が桂に毒されていた。

 夏巳の意識は、まだ白壁の塀の中にある陰惨な雰囲気の屋敷の中にあったからだ。

 だが、桂の頭はすでに切り替わってしまっているようで、

「お前も煙だけじゃなくて、本体も見たいだろ?」
と言ってくる。

「いやいやいやっ。
 あれは撮った瞬間、SLが消えてただけで、本体も居たんですってばっ」
と言いながら、夏巳は桂について階段を下り、駐車場に戻った。


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