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終章 色のない花火
忍び寄る足音
しおりを挟む川に映る花火の夢を見た。
夜空に打ち上がった赤・黄・緑と色鮮やかな花火。
その見たこともない色の花火がそれを映した川面に向かって落ちてくる。
不思議だな、と思った。
花火といえは、赤橙色と決まっているのに。
夜空にぱあっと花開き、落ちて行く赤い花。
吉原の女たちにも似ている。
だからだろうかな、と思った。
夢で見たあの花火の色は、きっと吉原で見た女たちの着物の色だ。
いや、きっと咲夜の――。
誰かが髪を引っ張っている。
そう気づいて咲夜は目を覚ました。
枕許に女が座っていて、自分の顔を覗き込んでいる。
見たこともない遊女だった。
恨みや嫉みの詰まった顔で自分を見下ろし、また、ぐいと髪を引っ張る。
今居る場所から咲夜を引きずり落とそうとするかのように。
「……なにを恨んでいるのか知らないけど。
私なんかを恨んだり妬んだりしても、意味ないわよ。
華やかに装ってても、私にはなんの自由もないし、自分で選び取れる未来もないんだから」
そう言う自分を彼女は黙って見下ろしていた。
やがて、外から、ぺたり、ぺたりと足音が聞こえてくる。
遊女たちが履く上草履の音ではない。
いつか聞いたな、この音、と咲夜は思った。
窓が打ち付けられている此処は朝も晩もよくわからないが。
外がやけに静かだから、すでに客たちも寝静まった明け方なのだろう。
他の音が聞こえないせいか、前よりはっきりと足音が聞きとれた。
素足でゆっくり歩いている音のようだ。
まるで、なにかを窺うように。
どうやら、遊女でもなく、便所を探してうろつく客でもなさそうだ。
咲夜は、そのまま息をひそめていた。
霊もまた、そちらを見ている。
ぺたり、ぺたり。
足音は行き過ぎ、また戻り、立ち止まる。
あのからくりを動かす穴の前だった。
咲夜は暗がりで息をひそめ、じっとしていた。
そのままその足音は動かない。
こちらから穴を覗いてみようか。
でも、誰かの目が向こうから覗いていたら嫌だしな、と咲夜は思う。
そのまま足音もしないし、扉も動かない。
気配を殺してじっとしていた咲夜だったが、そのまま、うっかり眠ってしまった。
「そこで寝るなよ」
その話を道具屋ですると、開口一番、小平がそう言ってきた。
「いやー、暗がりでじっとしてると、眠くなるんですよ。
よくわからない足音が聞こえるなんてしょっちゅうですしね。
ま、大抵は遊女の霊なんですけどね」
道具屋の入り口に腰掛けた咲夜がそう言い返すと、小平は、ひっ、と息を呑む。
吉原に桜はもうないが、まだ町中にはあるらしい。
何処かから飛んできた花びらが、まったく風流でない小平の頭の上に乗っていた。
あれから、小平はよく此処にも顔を出しているようだった。
那津と、何故か忠信の父も居る。
この御隠居さんと那津たちは、すっかり茶飲み友だちになっているようだった。
「夕べのあれも霊ですよ、きっと。
吉原には女の霊なんて、わらわら湧いて出てきますからね」
同じように霊が見える那津を咲夜は見たが、那津はなにか考えているようだった。
気になっていることがあるのだろう。
まあ、自分もそうだ、と咲夜は思う。
「そういえば、覗き女は、あれからどうなった?」
と小平が訊いてきた。
「相変わらず、覗いてるみたいですよ」
いいのか、それ、という顔を小平はする。
だが、害はないだろうと咲夜は思っていた。
最初の女は生きた女で、後から出ているのは霊なのだろうから。
長太郎は否定も肯定もしなかったが、女を逃がしたのは彼なのだろうか。
出合い茶屋に一緒に居たという女は、その女なのか、別の女なのか。
女はあまり特徴のない顔で、そんなに器量良しというわけではなかったそうだが。
吉原以外の場所では顔の良し悪しなど、そう重きを置くところではないだろう。
長太郎にはいつも面倒をかけているので、幸せになって欲しいのだが。
長太郎が誰かと夫婦になれば、今までのように側には居てくれないだろうと思うと、少し淋しくもあった。
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