51 / 58
第三章 のっぺらぼう
戻ってきた日常
しおりを挟む引手茶屋まで周五郎を見送る咲夜に、那津たちもついて行っていた。
最後の夜桜の舞い散る中、なんだか落ち着かない気持ちになるのは、こんな姿の咲夜を見たせいか。
それとも、周五郎を初めて見たせいか。
すっきりとした男前の周五郎は、思っていたのとまるで違っていた。
そして――。
周五郎は最後まで笑顔で咲夜と別れた。
彼女に指一本も触れることなく。
今日はそれで終わるのだろうが、いつか訪れるだろう『その日』が怖くもあった。
咲夜の手前、なんの未練もなさそうに去っていく周五郎だが、彼の内心がそれとは違うことを自分は知っている。
「本当にもう終わりだな」
晴れ晴れとした顔で、小平が桜を見上げた。
まだ花はついているが、恐らく美しくなくなる前に、また何処かの山へと持ち去られることだろう。
まるで、此処の遊女たちのようだと那津は思った。
あの遣手婆だとて、まだ充分女の盛りではあるのだが。
落ちていくさまを客に見せるのは粋でない、という考えがこの吉原にはあって。
それで、早くに女たちに身を引かせるのだろう。
客をとるのは辛かろうが、もう終わった女として扱われながら、此処に残るのも辛いような気がするのだが……。
まあ、女の心情の本当のところなぞ、自分にはわからないから――。
そんなことを思いながら、那津は小平とともに、散りゆく桜を眺めていた。
久方振りに現れた明野は見た事もないほど美しい女になっていると評判になり。
そんな明野を毎晩買う渋川屋は一体、どれだけの金を積んでいるのだろうと噂された。
数日後、那津が道具屋の前で小平たちと串団子を食べていると、町人たちが話しているのが聞こえてきた。
「いや~、運良くその日、吉原に居て、見ちまったんだよ、噂の明野を。
もの凄い別嬪だった。
ありゃあ、桧山を越えるねえ。
……まあ、ちょっとばかし化粧が濃かったが」
そちらに、するりと背を向け、団子を食べていた咲夜が吹きそうになる。
「なんでい。
じゃあ、桧山の方がいい女じゃねえか。
今はすっぴんが粋だろうよ」
そのあとも、他の遊女の品定めをしながら、男たちは歩いていってしまう。
「な?
化粧してないお前が顔晒して歩いても全然、大丈夫そうだろ?」
笑う隆次に、
「な、じゃないわよっ」
と咲夜が叫ぶ。
「だって、姉さんに似せるために化粧濃くしたんだもん。
しょうがないじゃないっ」
本当の兄妹のような二人のやりとりを見ながら、那津は思う。
実のところ、すっぴんと化粧とで、そう顔立ちが変わっているわけでもないのだが。
今、此処に居る咲夜はカラッと明るい町娘にしか見えないので、誰も遊女だとは思わないだろう。
小平も自分も笑ったが、少し厭な予感もしていた。
咲夜が顔を晒してしまったことが。
よくない未来を呼び込んでしまうような。
そんな気がしていた――。
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
融女寛好 腹切り融川の後始末
仁獅寺永雪
歴史・時代
江戸後期の文化八年(一八一一年)、幕府奥絵師が急死する。悲報を受けた若き天才女絵師が、根結いの垂髪を揺らして江戸の町を駆け抜ける。彼女は、事件の謎を解き、恩師の名誉と一門の将来を守ることが出来るのか。
「良工の手段、俗目の知るところにあらず」
師が遺したこの言葉の真の意味は?
これは、男社会の江戸画壇にあって、百人を超す門弟を持ち、今にも残る堂々たる足跡を残した実在の女絵師の若き日の物語。最後までお楽しみいただければ幸いです。
春嵐に黄金の花咲く
ささゆき細雪
歴史・時代
――戦国の世に、聖母マリアの黄金(マリーゴールド)の花が咲く。
永禄十二年、春。
キリスト教の布教と引き換えに、通訳の才能を持つ金髪碧眼の亡国の姫君、大内カレンデュラ帆南(はんな)は養父である豊後国の大友宗麟の企みによってときの覇王、織田信長の元に渡された。
信長はその異相ゆえ宣教師たちに育てられ宗麟が側室にしようか悩んだほど美しく成長した少女の名を帆波(ほなみ)と改めさせ、自分の娘、冬姫の侍女とする。
十一歳の冬姫には元服を迎えたばかりの忠三郎という許婚者がいた。信長の人質でありながら小姓として働く彼は冬姫の侍女となった帆波を間諜だと言いがかりをつけてはなにかと喧嘩をふっかけ、彼女を辟易とさせていた。
が、初夏に当時の同朋、ルイスが帆波を必要だと岐阜城を訪れたことで、ふたりの関係に変化が――?
これは、春の嵐のような戦乱の世で花開いた、黄金(きん)色の花のような少女が織りなす恋の軌跡(ものがたり)。
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

【完結】絵師の嫁取り
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ二作目。
第八回歴史・時代小説大賞で奨励賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
小鉢料理の店の看板娘、おふくは、背は低めで少しふくふくとした体格の十六歳。元気で明るい人気者。
ある日、昼も夜もご飯を食べに来ていた常連の客が、三日も姿を見せないことを心配して住んでいると聞いた長屋に様子を見に行ってみれば……?
佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした
迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

【完結】ふたり暮らし
かずえ
歴史・時代
長屋シリーズ一作目。
第八回歴史・時代小説大賞で優秀短編賞を頂きました。応援してくださった皆様、ありがとうございます。
十歳のみつは、十日前に一人親の母を亡くしたばかり。幸い、母の蓄えがあり、自分の裁縫の腕の良さもあって、何とか今まで通り長屋で暮らしていけそうだ。
頼まれた繕い物を届けた帰り、くすんだ着物で座り込んでいる男の子を拾う。
一人で寂しかったみつは、拾った男の子と二人で暮らし始めた。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる