あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

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第三章 のっぺらぼう

巾着袋の中身

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 小平の配下の者たちが、さっき店を覗いたのだが。

 那津の剣さばきをベタ褒めしていた。

 まあ、何故か、那津のことを隠密与力だと思っているようではあったが。

「……寺に居たのは本当だ」

 那津はそう言い、有平糖をひとつ口にした。

 続きの話があるのかと思ったが、なかった。

 まあ、そういう奴だよな、と隆次が思ったとき、あの小平のところの若い者が前を通った。

 自分と那津に挨拶する。

「いい陽気ですねえ。
 また捕り物のときは、よろしくお願いいたしますね、忠信様」

 ざっくりした性格の那津は、否定するのももう面倒臭いのか、

「ああ」
と頷いていた。

「忠信と言えば」

 そう言いながら、男が去ったあとで、那津は巾着袋を投げて寄越した。

 ずしりと重い。

「忘れるところだった。
 お前に金を返しに来たんだった」

「金?」

「何処で俺の居場所を訊いたのか、寺に例の裏茶屋の主人が訪ねてきて、何故か大金を置いていった。

 いらないと言っているのに、申し訳ありませんでした、と投げ捨てるように置いてったんだ。

 どうもそうしないと気が済まないようだったから、人助けと思って受け取ったんだが。

 俺が持ってても仕方ないから、お前に借りた金を返すよ」

「お前……それは完全にあの主人、忠信様とやらを始末するのに、手を貸してるだろう」

 そうかもな、と那津は言う。

 手にある巾着はずしりと重い。

 自分が那津にやったのは、桧山の想いが詰まっていた金だった。

 彼女が誇りを捨て、厭な客をとってまで貯めた金だ。

 きっと桧山の苦痛と罪悪感が染み込んでいたことだろう。

「俺には明野を助けてやることは出来なかった。

 あいつが死んだことに口をつぐみ、初めて、あいつを身請けできるほどの金を得た。

 皮肉な話だ」

 隆次は、そう自虐的に笑い、通りを見る。

 楽しげな子どもたちが駆けていくところだった。

 そういえば、と那津が訊いてくる。

「遣手が咲夜に無理やり客をとらせようとしたとき、布団の中に居た血塗れの咲夜というのは、明野だったんだろうかな」

 隆次は笑い、まあ、そうだろうな、と言った。

「咲夜を守るためじゃなく、咲夜に客をとらせないために」

 自分がなりたかった吉原一の花魁に、咲夜をさせないために。

 明野はそのくらいのことはやりそうな女だった。

 なのに、何故自分はいつまでも――

 彼女に心を残しているのか。

 明野を背負った那津は、何を考えているのか。

 相も変わらず騒がしい往来を、ただ目を細め、見つめていた。



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