あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

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第三章 のっぺらぼう

吉原のろくろっ首

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「外に居てよ。
 みんなが下に下りて居なくなったら教えて」

 届けた着物を満足そうに眺めたあとで、突然、咲夜はそんなことを言い出した。

「……待て。
 なんのために」

「覗き女の話を確かめに行くために決まってるじゃないの」

 言うと思った、と那津は思う。

 今、注意されたばかりなんだが、と思ったが、止めてくれる長太郎が今日は居なかった。

「そういえば、私も此処で不思議な足音を聞いたわ。
 ぺたぺたって」

 咲夜はそこで考え込む。

「いつもは上草履の音がするのよ。
 それがあのときは違ってた」

 そして、顔を上げ、言ってくる。

「見に行くなというのなら、なにか楽しい話でもしてよ。
 こんな辛気臭いところにずっと居たら、具合が悪くなるわ」

 この間、客をとるよりマシだと言っていたのにな、と脇息に寄りかかりダレている咲夜を見下ろす。

 ひとつ、溜息をつき、那津は言った。

「吉原のろくろっ首の話なら知ってるが。
 ああ、お前の方が詳しいか」

「知らないわ」

「大層美人の花魁が吉原に居たが。
 この花魁、夜になり、気を抜くと首が伸びるので、一緒に寝た男を楼主が口止めしていたそうだ」

「ふーん。
 それってろくろっ首なのかしら」
と咲夜は言い出す。

「斬り捨てられて転がってた首を見たんじゃないの?」
「お前な……」

 やはり、女の方が神経が太い、と那津は思った。

「いまいちねえ」
と言う咲夜に、では、小平の夢の話をしてやろう、と語ってみたが、咲夜は、やっぱり、それも怖くない、と文句をたれる。

「夢だからな。
 高度なオチを要求するな」

 だが、自分は怖い、と思っていた。

 小平も、顔がないより、ある方が怖い、と言っている。

「咲夜」

 なあに? と咲夜がこちらを見た。

 まあ、こいつ、ずっと此処に閉じ込められているわけだからな。

 たまには息抜きも必要か。

 なんだかんだで咲夜に甘い那津は、

「じゃあ……人が減ってきたらな」
と言った。

 咲夜が目を輝かせる。


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