あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
30 / 58
第二章 覗き女

桧山の未来

しおりを挟む

 二階にいた桧山は下が騒がしいことに気がついた。

 町から呉服屋が来て、反物を並べているようだった。

 商売熱心な彼らは自分を捜していることだろう。

 そう思いながらも、今日は会いたくなかった。

 何処かへ身を隠したい気持ちだと思い見ると、ちょうどあのからくり扉があった。

 穴に指を引っかけ引っ張ってみる。

 扉は簡単にくるりと回った。

 あの娘が身を隠すようになってから作ったものだ。

 だから、古そうに細工がしてあるが、実は此処だけ板が新しく、近づくと木の香りがする。

 大工の客などは不審に思うかもな、と思っていた。

 まあ、見つかっても、咲夜のことだ。

 噂の幽霊花魁のふりなどして、なんとかするだろう。

 姉などより、余程厄介な女に育ったな、と桧山は思う。




 咲夜の部屋は奇麗に片付いていた。

 が、片付けているのは長太郎に違いない。

 楼主の命により、彼女を護身する者となっている長太郎だが、気がつけば、雑用までやらされているようだった。

 というか、ずぼらな咲夜を見ていて、几帳面な長太郎が堪えきれずに片付けていると言ったところだろう。

 そんな風に暗い部屋で、ぼんやりしていると、遠い昔を思い出す。

 うららかな春の日、幼い桧山は誘われて、格子越しに掌を突き出した。

 昼見世に出ていた姉さんに物を持って行ったら、手相を見ていた易者が、子供の桧山をただで見てやろうと言ってきたのだ。

 老人だったからだろう。

 孫を見るように目を細めて、桧山を見、
「どれどれ」
ともみじの手を掴んだ。

『おやおや、これはこれは』

 易者は小さな手を掴んだまま、顔をほころばせる。

『あんた、吉原一の花魁になるよ』

 周りの姉さんたちは笑っていた。

 だから、もしかしたら、みんなにそう言っているのかもしれないと思った。

 桧山はその老人に、姉さんにもらった飴を渡した。

 老人は微笑んで、格子の前から居なくなった。

 春の日差しに照らされたその背を見送りながら、桧山は、でも、貴方にはわかっていない、と思っていた。

 貴方の予見は当たっているのかもしれない。

 でも、貴方はわかっていない。

 私は確かに、吉原一の花魁となるだろう。

 だが、なんの犠牲もなく、その地位につくわけではないのだと言うことを。

 その占い師には、自分に見えている残酷な未来までは見通せてはいないようだった。




 占い師と会ってから数年後、新造となった桧山の許に、その娘は現れた。

「お前も、世話しておやり」

 遣手の言葉に、じっと自分を見上げてくるその娘の歳の頃は、自分より少し下くらいか。

 驚くくらい整ったかんばせをしてた。

 そのとき、自分は悟ったのだ。

 私が殺すのは、この娘だ、と。

 未来は誰にも変えられはしない。

 幼い頃から霊が見え、わずかに未来も見える自分にも――。

 これから多くの出来事が起こり、様々なことを考え、幾つもの選択肢があるのだろうが。

 きっとこの未来は変えられはしない。

 明野の顔を初めて見たあのとき、自分は、そう悟っていた。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する

克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。

佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした

迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

【完結】斎宮異聞

黄永るり
歴史・時代
平安時代・三条天皇の時代に斎宮に選定された当子内親王の初恋物語。 第8回歴史・時代小説大賞「奨励賞」受賞作品。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め

七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。 新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。 しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。 近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。 首はどこにあるのか。 そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。 ※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原

糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。 慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。 しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。 目指すは徳川家康の首級ただ一つ。 しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。 その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。

あやかし吉原 弐 ~隠し神~

菱沼あゆ
歴史・時代
「近頃、江戸に『隠し神』というのが出るのをご存知ですかな?」  吉原と江戸。  夜の町と昼の町。  賑やかなふたつの町に、新たなる事件の影が――。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一大事!

JUN
歴史・時代
 国家老嫡男の秀克は、藩主御息女との祝言の話が決まる。なんの期待もなく義務感でそれを了承した秀克は、参勤交代について江戸へ行き、見聞を広めよと命じられた。着いた江戸では新しい剣友もでき、藩で起こった事件を巡るトラブルにも首を突っ込むことになるが、その過程で再会した子供の頃に淡い恋心を抱き合っていた幼馴染は、吉原で遊女になっていた。武家の義務としての婚姻と、藩を揺るがす事件の真相究明。秀克は、己の心にどう向き合うのか。

処理中です...