あやかし吉原 ~幽霊花魁~

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
28 / 58
第二章 覗き女

小平の過去

しおりを挟む


 七輪に載ったホタテの貝殻の中で、出汁に浸かって煮えているシラウオやゴボウを眺めながら、弥吉は項垂れていた。

「申し訳ありません」

「まあ、仕方が無い。
 相手が一枚上手だったってことだ」

 ほら、食え、と小平は上役らしく、弥吉を慰めている。

 男を取り逃がしたあと、何か食おうという小平に連れられ、那津たちはいつもより少し上等な店に来ていた。

 いつものように荒っぽく、店の前に看板代わりのたこが投げてあったりしない店だ。

 いつまでも落ち込んでいる弥吉を見ていた小平が話を変えるように、那津を振り向き言ってきた。

「那津。
 お前、また捕り物の手伝いをすることがあったら、忠信様とかいう消えた与力のフリをすりゃいいんじゃないか?」

「……なんでだ」

「与力の格好して、ウロウロしてて見咎みとがめられたら、死んだ忠信様の霊のフリをすればいいってことだよ」

「いや、本当に死んでるのか、忠信様」
と言う那津の言葉に被せるように、小平は、


「お前、得意だろ、霊の真似」
と言ってきた。

 いや、得意なのは、真似じゃなくて、除霊なんだが……。

 美味しいものを食べて少し元気を取り戻したらしい弥吉は、小平や口を挟んでくる周りの客の話に笑ったあとで、厠に立った。

 ホタテ鍋の煮詰まったいい香りが店内に漂っている。

 小平はお猪口ちょこを持ったまま、近くの柱に後ろ頭を寄せて言った。

「……俺は昔、幽霊花魁を見たことがある」

 階段下に、ぼうっと立ってやがった――。

 そんなことを小平は言う。

 幽霊を見たという、ただ、それだけの話なのに、何故か小平の口調は重かった。

「今でも夢に見るんだ……」

 そう呟き、小平は目を閉じた。

 そんな小平の意外に整った横顔を見ながら、那津は呼びかける。

「小平」
「なんだ」

「ひとつ言っていいか」

 酔っている小平が薄く目を開けたとき、那津は言った。

「お前に霊は見えない」

「……なんでそんなことがわかる」

「お前と居て、お前が霊に反応したのを見たことがないからだ。

 町中でも、吉原でもだ。

 もしかしたら、生きた人間だと思って通り過ぎているのかもしれないが、吉原の霊はかなり毒々しい格好で現れるから、誰でもぎょっとするはずだし。

 この間もお前の後ろに……」

 やめろ、聞きたくない、と両耳をふさいだ小平は柱から身を起こした。

「今夜から一人で歩けなくなるじゃねえかっ」

 騒ぐ小平に容赦無く那津は言う。

「今もお前と一緒にジイさんが鍋をつついてるんだが、見えてないだろう」

 厠から戻ってきた弥吉が畳に上がってくる。

「どうしたんですかい? 旦那」

「今、弥吉がジイさんを踏んだ……」

 小平に霊が見えていないことを証明するために、いちいち解説する那津に、やめろ、馬鹿っ、と小平が叫ぶ。

 弥吉が戻ってきたせいで、話は辻斬りに戻り、江戸のうまい店の話に流れ、小平は調子よく呑んでいた。

 いつものように食べて呑み、……暴れる。

「もう~、酒癖悪いんだからっ」

 ねえ、と座ったまま倒れかかってくる小平の肩を押さえながら、弥吉がこちらを見た。

 少し笑って、那津は湯桶からちろりを取り上げた。

 弥吉のお猪口に注いでやる。

 ぬるい酒が注がれるのを見ながら、弥吉はこらえていたものが溢れ出したように、涙ぐむ。

「那津さん、小平さん、ありがとうございます……。

 旦那、旦那に拾ってもらって、家族も持てて。

 ほんとありがたいと思ってるのに、肝心なときに役に立てなくてすみませんでした」

 弥吉は、うとうとしている小平に、そう言って謝っていたが、そういうのが照れ臭いのだろう小平は、ずっと寝たフリをしていた。




 帰り道。

 弥吉を先に帰らせ、那津は酔った小平を送っていった。

 静かな江戸の町。

 提灯よりも明るく頭上に輝く月を那津は見上げた。

「吉原の辻斬りは腕だけを斬る。
 なんで腕を斬るんだろうな」

 そう呟くと、見た目ほど酔っていなかったらしい小平が確かな口調で言ってきた。

「なにか下手人にしかわからねえ理由があるんだろうよ」

 暗い夜道を那津は、ふっと振り返ってみた。

 そこに、なにかわざわいを呼ぶものが立っていそうな気がして。

 ――それは、悪鬼の如き形相の幽霊花魁、明野か。

 それとも、刀を手にした、辻斬りか。

 だが、静かな道には現れたのは提灯を手に楽しげに歩く酔っ払いだけだった。


しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

悪意か、善意か、破滅か

野村にれ
恋愛
婚約者が別の令嬢に恋をして、婚約を破棄されたエルム・フォンターナ伯爵令嬢。 婚約者とその想い人が自殺を図ったことで、美談とされて、 悪意に晒されたエルムと、家族も一緒に爵位を返上してアジェル王国を去った。 その後、アジェル王国では、徐々に異変が起こり始める。

【R-18】もう二度と、あなたの妻にはなりたくありません〜死に戻りの人生は別の誰かと〜

桜百合
恋愛
「もしも人生をやり直せるのなら……もう二度と、あなたの妻にはなりません」 コルドー公爵夫妻であるフローラとエドガーは、大恋愛の末に結ばれた相思相愛の二人であった。 しかしナターシャという子爵令嬢が現れた途端にエドガーは彼女を愛人として迎え、フローラの方には見向きもしなくなってしまう。 愛を失った人生を悲観したフローラはナターシャに毒を飲ませようとするが、逆に自分が毒を盛られてしまい命を落とすことに。 だが死んだはずのフローラが目を覚ますとそこは実家の侯爵家。 どうやらエドガーと知り合う前に死に戻ったらしい。 もう二度とあのような辛い思いはしたくないフローラは、一度目の人生の失敗を生かしてエドガーとの結婚を避けようとする。 ※完結したので一時的に感想欄を開けてます(お返事はゆっくりになるかもです…!) ※アルファポリスさまのみでの連載です。恋愛小説大賞に参加しております。 Rシーンには※をつけます。 独自の世界観ですので、設定など大目に見ていただけると助かります。

離婚した彼女は死ぬことにした

まとば 蒼
恋愛
2日に1回更新(希望)です。 ----------------- 事故で命を落とす瞬間、政略結婚で結ばれた夫のアルバートを愛していたことに気づいたエレノア。 もう一度彼との結婚生活をやり直したいと願うと、四年前に巻き戻っていた。 今度こそ彼に相応しい妻になりたいと、これまでの臆病な自分を脱ぎ捨て奮闘するエレノア。しかし、 「前にも言ったけど、君は妻としての役目を果たさなくていいんだよ」 返ってくるのは拒絶を含んだ鉄壁の笑みと、表面的で義務的な優しさ。 それでも夫に想いを捧げ続けていたある日のこと、アルバートの大事にしている弟妹が原因不明の体調不良に襲われた。 神官から、二人の体調不良はエレノアの体内に宿る瘴気が原因だと告げられる。 大切な人を守るために離婚して彼らから離れることをエレノアは決意するが──。 ----------------- とあるコンテストに応募するためにひっそり書いていた作品ですが、最近ダレてきたので公開してみることにしました。 まだまだ荒くて調整が必要な話ですが、どんなに些細な内容でも反応を頂けると大変励みになります。 書きながら色々修正していくので、読み返したら若干展開が変わってたりするかもしれません。 作風が好みじゃない場合は回れ右をして自衛をお願いいたします。

異世界でゆるゆる生活を満喫す 

葉月ゆな
ファンタジー
辺境伯家の三男坊。数か月前の高熱で前世は日本人だったこと、社会人でブラック企業に勤めていたことを思い出す。どうして亡くなったのかは記憶にない。ただもう前世のように働いて働いて夢も希望もなかった日々は送らない。 もふもふと魔法の世界で楽しく生きる、この生活を絶対死守するのだと誓っている。 家族に助けられ、面倒ごとは優秀な他人に任せる主人公。でも頼られるといやとはいえない。 ざまぁや成り上がりはなく、思いつくままに好きに行動する日常生活ゆるゆるファンタジーライフのご都合主義です。

離縁してくださいと言ったら、大騒ぎになったのですが?

ネコ
恋愛
子爵令嬢レイラは北の領主グレアムと政略結婚をするも、彼が愛しているのは幼い頃から世話してきた従姉妹らしい。夫婦生活らしい交流すらなく、仕事と家事を押し付けられるばかり。ある日、従姉妹とグレアムの微妙な関係を目撃し、全てを諦める。

【完結】裏切っておいて今になって謝罪ですか? もう手遅れですよ?

かとるり
恋愛
婚約者であるハワード王子が他の女性と抱き合っている現場を目撃してしまった公爵令嬢アレクシア。 まるで悪いことをしたとは思わないハワード王子に対し、もう信じることは絶対にないと思うアレクシアだった。

【完結】立場を弁えぬモブ令嬢Aは、ヒロインをぶっ潰し、ついでに自分の恋も叶えちゃいます!

MEIKO
恋愛
最近まで死の病に冒されていたランドン伯爵家令嬢のアリシア。十六歳になったのを機に、胸をときめかせながら帝都学園にやって来た。「病も克服したし、今日からドキドキワクワクの学園生活が始まるんだわ!」そう思いながら一歩踏み入れた瞬間浮かれ過ぎてコケた。その時、突然奇妙な記憶が呼び醒まされる。見たこともない子爵家の令嬢ルーシーが、学園に通う見目麗しい男性達との恋模様を繰り広げる乙女ゲームの場面が、次から次へと思い浮かぶ。この記憶って、もしかして前世?かつての自分は、日本人の女子高生だったことを思い出す。そして目の前で転んでしまった私を心配そうに見つめる美しい令嬢キャロラインは、断罪される側の人間なのだと気付く…。「こんな見た目も心も綺麗な方が、そんな目に遭っていいいわけ!?」おまけに婚約者までもがヒロインに懸想していて、自分に見向きもしない。そう愕然としたアリシアは、自らキャロライン嬢の取り巻きAとなり、断罪を阻止し婚約者の目を覚まさせようと暗躍することを決める。ヒロインのヤロウ…赦すまじ!  笑って泣けるラブコメディです。この作品のアイデアが浮かんだ時、男女の恋愛以外には考えられず、BLじゃない物語は初挑戦です。貴族的表現を取り入れていますが、あくまで違う世界です。おかしいところもあるかと思いますが、ご了承下さいね。

拾ったものは大切にしましょう~子狼に気に入られた男の転移物語~

ぽん
ファンタジー
⭐︎書籍化決定⭐︎  第3巻:2025年1月20日発送!!  第1巻:2023年12月〜  第2巻:2024年5月〜  番外編を新たに投稿しております。  そちらの方でも書籍化の情報をお伝えしています。  書籍化に伴い[164話]まで引き下げ、レンタル版と差し替えさせて頂きます。ご了承下さい。    改稿を入れて読みやすくなっております。  可愛い表紙と挿絵はTAPI岡先生が担当して下さいました。  書籍版『拾ったものは大切にしましょう〜子狼に気に入られた男の転移物語〜』を是非ご覧下さい♪ ⭐︎コミカライズ化決定⭐︎    2024年8月6日より配信開始  コミカライズならではを是非お楽しみ下さい。 ================== 1人ぼっちだった相沢庵は住んでいた村の為に猟師として生きていた。 いつもと同じ山、いつもと同じ仕事。それなのにこの日は違った。 山で出会った真っ白な狼を助けて命を落とした男が、神に愛され転移先の世界で狼と自由に生きるお話。 初めての投稿です。書きたい事がまとまりません。よく見る異世界ものを書きたいと始めました。異世界に行くまでが長いです。 気長なお付き合いを願います。 よろしくお願いします。 ※念の為R15をつけました ※本作品は2020年12月3日に完結しておりますが、2021年4月14日より誤字脱字の直し作業をしております。  作品としての変更はございませんが、修正がございます。  ご了承ください。 ※修正作業をしておりましたが2021年5月13日に終了致しました。  依然として誤字脱字が存在する場合がございますが、ご愛嬌とお許しいただければ幸いです。

処理中です...