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第二章 覗き女
吉田屋の愉楽
しおりを挟むそろそろ満開を過ぎた桜を見ながら、艶やかな桧山がその下を歩く。
誰もがうっとりと眺めるその一行に、険のある視線を向けるものが居た。
美しいが、愛嬌のない女だ。
豪奢な着物を惜しげもなく纏ってうろついていることから言っても、かなり格上の遊女なのだろうな、と那津は思った。
吉田屋の愉楽だと禿が教えてくれる。
「愉楽は、桧山姉さんを目の敵にしてるんだんす」
こしょこしょと可愛らしく禿は話す。
自分から見たら、桧山の敵ではないようだがな、と思っているうちに、揚屋町に着いた。
遊女屋ではない普通の店が並ぶ町だ。
江戸の町中に戻った気分になる。
そこを桧山に連れられ歩くと、小間物屋に着いた。
既に使いをやってあったらしく、中では船宿の主人、吉兵衛が待っていた。
「この人にいい衣裳を見繕ってあげてくれだんす。
捕り物のために変装したいそうだんすから」
「捕り物?
旦那は同心なんですかい?」
吉兵衛は胡散臭そうに那津を見る。
「違う。
桧山、金は俺が出すから」
吉兵衛に金を渡そうとする桧山を那津は止めたが、
「いいだんす。
私も久しぶりに楽しいだんすよ」
と桧山は笑ってそれを断る。
吉兵衛が運んできた衣裳を選びなから、桧山と吉兵衛は世間話をしていた。
聞けば、桧山もまた、武家の娘だと言う。
出自が似ているからこそ、明野は彼女と張り合ったのだろう。
しかし、張り合うつもりもない時点で、桧山の方が明野に勝っていたように思えるのだが。
そのとき、
「あら、これがいいだんすねえ」
と桧山が一枚の着物を引っ張り出してきた。
吉兵衛が慌てる。
「ああ、すみません。
桧山様のお呼びだというので、慌てて出てきて、紛れ込んでいたようで。
それは、随分昔にお客様が脱いでいかれて。
はて、どうやって帰られたのか。
忘れてお帰りになった分でございます」
「あら。
じゃあ、これでいいじゃないの」
とその着物を手に桧山が笑う。
「いや。
お前……これはまずいだろう」。
これを脱いで、忘れて帰るとかありえないんだが。
なにかで慌てて帰って取りにこられないとか。
殺されたとか。
持ち主にろくでもない災厄が降り掛かっていそうなんだが……。
こんな縁起の悪い物を着ろというのかと思いながら那津は桧山を見上げたが。
桧山はすかさず、艶やかに微笑み言ってくる。
「ぜひ、見てみたいだんすねえ。
これをお召しになった那津様を」
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