25 / 58
第二章 覗き女
吉田屋の愉楽
しおりを挟むそろそろ満開を過ぎた桜を見ながら、艶やかな桧山がその下を歩く。
誰もがうっとりと眺めるその一行に、険のある視線を向けるものが居た。
美しいが、愛嬌のない女だ。
豪奢な着物を惜しげもなく纏ってうろついていることから言っても、かなり格上の遊女なのだろうな、と那津は思った。
吉田屋の愉楽だと禿が教えてくれる。
「愉楽は、桧山姉さんを目の敵にしてるんだんす」
こしょこしょと可愛らしく禿は話す。
自分から見たら、桧山の敵ではないようだがな、と思っているうちに、揚屋町に着いた。
遊女屋ではない普通の店が並ぶ町だ。
江戸の町中に戻った気分になる。
そこを桧山に連れられ歩くと、小間物屋に着いた。
既に使いをやってあったらしく、中では船宿の主人、吉兵衛が待っていた。
「この人にいい衣裳を見繕ってあげてくれだんす。
捕り物のために変装したいそうだんすから」
「捕り物?
旦那は同心なんですかい?」
吉兵衛は胡散臭そうに那津を見る。
「違う。
桧山、金は俺が出すから」
吉兵衛に金を渡そうとする桧山を那津は止めたが、
「いいだんす。
私も久しぶりに楽しいだんすよ」
と桧山は笑ってそれを断る。
吉兵衛が運んできた衣裳を選びなから、桧山と吉兵衛は世間話をしていた。
聞けば、桧山もまた、武家の娘だと言う。
出自が似ているからこそ、明野は彼女と張り合ったのだろう。
しかし、張り合うつもりもない時点で、桧山の方が明野に勝っていたように思えるのだが。
そのとき、
「あら、これがいいだんすねえ」
と桧山が一枚の着物を引っ張り出してきた。
吉兵衛が慌てる。
「ああ、すみません。
桧山様のお呼びだというので、慌てて出てきて、紛れ込んでいたようで。
それは、随分昔にお客様が脱いでいかれて。
はて、どうやって帰られたのか。
忘れてお帰りになった分でございます」
「あら。
じゃあ、これでいいじゃないの」
とその着物を手に桧山が笑う。
「いや。
お前……これはまずいだろう」。
これを脱いで、忘れて帰るとかありえないんだが。
なにかで慌てて帰って取りにこられないとか。
殺されたとか。
持ち主にろくでもない災厄が降り掛かっていそうなんだが……。
こんな縁起の悪い物を着ろというのかと思いながら那津は桧山を見上げたが。
桧山はすかさず、艶やかに微笑み言ってくる。
「ぜひ、見てみたいだんすねえ。
これをお召しになった那津様を」
0
お気に入りに追加
75
あなたにおすすめの小説
裏長屋の若殿、限られた自由を満喫する
克全
歴史・時代
貧乏人が肩を寄せ合って暮らす聖天長屋に徳田新之丞と名乗る人品卑しからぬ若侍がいた。月のうち数日しか長屋にいないのだが、いる時には自ら竈で米を炊き七輪で魚を焼く小まめな男だった。
佐々木小次郎と名乗った男は四度死んだふりをした
迷熊井 泥(Make my day)
歴史・時代
巌流島で武蔵と戦ったあの佐々木小次郎は剣聖伊藤一刀斎に剣を学び、徳川家のため幕府を脅かす海賊を粛清し、たった一人で島津と戦い、豊臣秀頼の捜索に人生を捧げた公儀隠密だった。孤独に生きた宮本武蔵を理解し最も慕ったのもじつはこの佐々木小次郎を名乗った男だった。任務のために巌流島での決闘を演じ通算四度も死んだふりをした実在した超人剣士の物語である。

永き夜の遠の睡りの皆目醒め
七瀬京
歴史・時代
近藤勇の『首』が消えた……。
新撰組の局長として名を馳せた近藤勇は板橋で罪人として処刑されてから、その首を晒された。
しかし、その首が、ある日忽然と消えたのだった……。
近藤の『首』を巡り、過去と栄光と男たちの愛憎が交錯する。
首はどこにあるのか。
そして激動の時代、男たちはどこへ向かうのか……。
※男性同士の恋愛表現がありますので苦手な方はご注意下さい

【完結】風天の虎 ――車丹波、北の関ヶ原
糸冬
歴史・時代
車丹波守斯忠。「猛虎」の諱で知られる戦国武将である。
慶長五年(一六〇〇年)二月、徳川家康が上杉征伐に向けて策動する中、斯忠は反徳川派の急先鋒として、主君・佐竹義宣から追放の憂き目に遭う。
しかし一念発起した斯忠は、異母弟にして養子の車善七郎と共に数百の手勢を集めて会津に乗り込み、上杉家の筆頭家老・直江兼続が指揮する「組外衆」に加わり働くことになる。
目指すは徳川家康の首級ただ一つ。
しかし、その思いとは裏腹に、最初に与えられた役目は神指城の普請場での土運びであった……。
その名と生き様から、「国民的映画の主人公のモデル」とも噂される男が身を投じた、「もう一つの関ヶ原」の物語。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

一大事!
JUN
歴史・時代
国家老嫡男の秀克は、藩主御息女との祝言の話が決まる。なんの期待もなく義務感でそれを了承した秀克は、参勤交代について江戸へ行き、見聞を広めよと命じられた。着いた江戸では新しい剣友もでき、藩で起こった事件を巡るトラブルにも首を突っ込むことになるが、その過程で再会した子供の頃に淡い恋心を抱き合っていた幼馴染は、吉原で遊女になっていた。武家の義務としての婚姻と、藩を揺るがす事件の真相究明。秀克は、己の心にどう向き合うのか。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる