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第二章 覗き女
ところてん売り
しおりを挟む連日蒸し暑い日が続いているせいだろうか。
ちょっと気の早いところてん売りが掛け声とともに程よく現れたので、隆次は二人におごってやることにした。
ところてん売りが、ところてんを突いて、にゅるんと皿に出すと咲夜が喜ぶ。
自分と那津は醤油と辛子で食べたが、咲夜の分には、高いが黒蜜をかけてもらった。
西の方では黒蜜をかけて食べるのが主流なのだと、ところてん売りは言っていた。
那津が咲夜の黒蜜をじっと見ていたので、実はこいつ、キリリとした風貌に似合わず甘党なのかもと思って、ちょっと笑う。
ところてんは箸一本で食べることになっているので、活きがいい感じに弾力のあるところてんを上手く箸にひっかけ、つるんと食べる。
咲夜の甘いところてんも美味しそうではあったが、やはり、醤油と辛子で食べた方が暑い中、すっきりする感じがした。
「ありがとう。
この礼はまた必ず」
帰る前、律儀な那津がそう言ってきた。
「お前には借りばかり増えてくな」
ところてんひとつで、貸した金と同じくらいの恩義を感じたらしい那津が生真面目にそう言ってきたので、また笑う。
寺に戻る那津を見送ったあと、店に入りながら、咲夜に言った。
「そろそろ戻った方がいいんじゃないか?」
「そうね。
長太郎も迎えに来てくれる頃だしね」
風と行き交う人々で土埃の舞う往来を振り返りながら咲夜が言う。
「まっすぐ帰れ。
あまり外をうろつくな」
お前は目立ちすぎる、と言うと、咲夜は少し寂しそうな顔をした。
「素人娘には見えない?
ま、仕方ないか。
長くあそこに居るとね。
自分の身は奇麗でいられても、おかしくなっちゃう」
そんな咲夜を見つめ、隆次は言った。
「……俺が身請けしてやろうか?」
残った金を全額出しても足らないだろうが、明野の事件を知る自分は桧山と左衛門を脅すこともできる。
その脅しは、渋川屋の若旦那には効かないだろうし。
今度こそ、左衛門たちに始末されるかもしれないが。
わかっているように咲夜が言う。
「高くつくわよ」
冗談めかすためか、咲夜は先輩遊女たちを真似、婀娜っぽく笑って見せたが、なにも似合ってなくて、ただ可愛らしいだけだった。
もうほんとうの妹のような気もしてきている咲夜のそんな愛らしい仕草に隆次は目を細める。
「金を全額出しても構わないのは本当だ。
今持ってる金は、俺には必要のない金だからな。
だから、あいつにも渡した」
「使ってしまいたかったの?」
「そうだな。
だが、適当なことに使うのも嫌だったから、ちょうどよかったんだ」
そう呟く隆次の胸に咲夜が縋ってくる。
自分を心配して、そうしてくれているのだろうが、咲夜自身が誰かに縋りたがっているようにも見えた。
隆次は幼子を慰めるように咲夜の後ろ頭にそっと触れてみる。
いつもはあどけない表情をしている咲夜がふと諦めたような顔を見せるときがあるのだが。
今もそうだった。
明野と同じその顔でそんな表情をするのは、やめて欲しい。
心底そう思い、なんとしても、今の状況から咲夜を救いたいと願う。
そんなしんみりしてしまった雰囲気を切り替えるために、隆次は戯れに咲夜に顔を近づけてみた。
口づけようとするように。
もうっ、と咲夜が笑って離れる前に、首筋にひんやりした小刀を当てられる。
固まった隆次は振り向かないまま言った。
「……冗談だ」
気配もなく背後に立っていた長太郎に、こいつ、本気でやりかねないからな、と思っていた。
誰にも愛されずに育った子は他人を傷つけることにも迷いがないという。
その者を傷つけたときに悲しむ人間の姿が想像できないからだというのだが。
だが、帰りの荷物を持ったり、風に少し乱れた咲夜の髪を無言で直したり。
無愛想だが、甲斐甲斐しく咲夜の世話焼いている長太郎の姿はちよっと微笑ましく。
まあ、長太郎に関してはそんなこともないか。
咲夜が居るもんな、と隆次は二人のやりとりを眺めながら笑みをこぼした。
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