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第一章 幽霊花魁
登楼2
しおりを挟む はなやかに装った貴族たちが笑いさざめき行き交う様子を眺めながら、王太子ベルナルドは上機嫌だった。
――今日こそはあの疫病神を追い払ってやる。
ほくそ笑む彼の腕に、一人の少女が甘えかかって自分の腕を絡める。本来こうした場でエスコートするべき婚約者ではない。ふわふわしたピンクブロンドが目をひく可憐な少女ビビアナは、婚約者の異母妹にあたる。
ベルナルドの婚約者であるクロエは異母妹のビビアナとまるで似ていなかった。ベルナルドの二歳下の十七才にしては生気に欠けている。老婆のようにぱさついた白い髪をしてがりがりに痩せこけ、陰鬱で幽鬼のような娘だ。その卑屈な作り笑いを見るたびにベルナルドは苛立った。
そんなクロエと婚約させられたのは、彼女が侯爵令嬢であるだけでなく、神殿に聖女として選ばれたからだ。息子に甘い父王もこの婚約については譲らなかった。
そこでベルナルドは、強行策に出ることにした。外賓も少なくないこの夜会で、クロエとの婚約破棄を宣言して既成事実としてしまうつもりだ。そうすれば可愛いビビアナと晴れて結ばれることができる。彼女も侯爵令嬢であり、姉妹の父である侯爵はむしろ彼女をこそ偏愛していると言っていい。自分の後ろ盾に変わりはない。似非聖女などかび臭い神殿にこもって祈っていれば良いのだ。
貴族たちのざわめきが妙に熱を帯びるのを感じて、ふと目をやると、少女が一人たたずんでいた。流れる銀髪はつややかで、異国のものだろうか、見たことのないつくりの青いドレスが優美な肢体を引き立てている。はっと目を奪われるほど美しい令嬢だった。
「ベルナルド様、どうしたの?」
恋人に腕を強く引かれて、我に返る。初めて見る美人のことはいったん頭から追いのけた。父王が姿を見せる前に厄介払いを済ませておかなければならない。
「クロエ・サムディオ侯爵令嬢、前に出よ!申し渡すことがある」
ベルナルドが呼ばわると、貴族たちの多くは見世物が始まった、と言わんばかりの浮ついた表情で王太子に注目した。その衆目の中、静かな足取りで進み出たのはあの青いドレスの少女だった。
みすぼらしい婚約者と目の前の少女とがベルナルドの頭の中では結びつかない。用意していた台詞も忘れて呆けていると
「王太子殿下。あなたとの婚約を破棄します」
相手の方が口火を切った。クロエは扇をぱちりと閉じると、剣を手にしているかのように王太子にぴたりと向け
「品性がない、理性もない、知性もない。そんな男と結婚するなんて、死んでも嫌!」
きっぱりと言い放って、ドレスの裾を翻し婚約者『だった』男に背を向ける。そして、衆人環視の中、少女の姿は煙のように消え失せた。
――今日こそはあの疫病神を追い払ってやる。
ほくそ笑む彼の腕に、一人の少女が甘えかかって自分の腕を絡める。本来こうした場でエスコートするべき婚約者ではない。ふわふわしたピンクブロンドが目をひく可憐な少女ビビアナは、婚約者の異母妹にあたる。
ベルナルドの婚約者であるクロエは異母妹のビビアナとまるで似ていなかった。ベルナルドの二歳下の十七才にしては生気に欠けている。老婆のようにぱさついた白い髪をしてがりがりに痩せこけ、陰鬱で幽鬼のような娘だ。その卑屈な作り笑いを見るたびにベルナルドは苛立った。
そんなクロエと婚約させられたのは、彼女が侯爵令嬢であるだけでなく、神殿に聖女として選ばれたからだ。息子に甘い父王もこの婚約については譲らなかった。
そこでベルナルドは、強行策に出ることにした。外賓も少なくないこの夜会で、クロエとの婚約破棄を宣言して既成事実としてしまうつもりだ。そうすれば可愛いビビアナと晴れて結ばれることができる。彼女も侯爵令嬢であり、姉妹の父である侯爵はむしろ彼女をこそ偏愛していると言っていい。自分の後ろ盾に変わりはない。似非聖女などかび臭い神殿にこもって祈っていれば良いのだ。
貴族たちのざわめきが妙に熱を帯びるのを感じて、ふと目をやると、少女が一人たたずんでいた。流れる銀髪はつややかで、異国のものだろうか、見たことのないつくりの青いドレスが優美な肢体を引き立てている。はっと目を奪われるほど美しい令嬢だった。
「ベルナルド様、どうしたの?」
恋人に腕を強く引かれて、我に返る。初めて見る美人のことはいったん頭から追いのけた。父王が姿を見せる前に厄介払いを済ませておかなければならない。
「クロエ・サムディオ侯爵令嬢、前に出よ!申し渡すことがある」
ベルナルドが呼ばわると、貴族たちの多くは見世物が始まった、と言わんばかりの浮ついた表情で王太子に注目した。その衆目の中、静かな足取りで進み出たのはあの青いドレスの少女だった。
みすぼらしい婚約者と目の前の少女とがベルナルドの頭の中では結びつかない。用意していた台詞も忘れて呆けていると
「王太子殿下。あなたとの婚約を破棄します」
相手の方が口火を切った。クロエは扇をぱちりと閉じると、剣を手にしているかのように王太子にぴたりと向け
「品性がない、理性もない、知性もない。そんな男と結婚するなんて、死んでも嫌!」
きっぱりと言い放って、ドレスの裾を翻し婚約者『だった』男に背を向ける。そして、衆人環視の中、少女の姿は煙のように消え失せた。
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