17 / 30
王様に課せられたこと
愛があるわけではないのだが……
しおりを挟む崖が崩れてる……。
王が去って数日後。
アイリーンはその事実に気がついた。
もともと崩れていた坂道の一番上のところが更に崩落していたのだ。
「今度、イワン様かコリー様が様子を見にいらしたら、お伝えしておきましょう。
人手を寄越してくれるかもしれません」
そんな呑気なことをメディナは言う。
まだ食料などがあったからだ。
「そうねえ。
次の補給までには直るといいわね」
あとはただ、自分が眠っている間、じっとしておけばいいだけだ。
ちょっと退屈だが、あちらの世界にも本が持ち込めるようになったしな、とアイリーンが思ったその日の昼過ぎ。
縫い物をしていたメディナが、
「あら?」
と声を上げた。
立ち上がり、窓の外を覗いてみている。
ソファで本を読んでいたアイリーンもそちらに行ってみた。
「……なんか声が聞こえるわね」
「危険な森の動物でしょうか」
「危険な森の動物もなかなかこんなところまで来ないと思うけど」
途中、木の実もなにもとれそうにないのに、と話しながら、二人で外に出てみた。
すると、男の使用人たちが崖の崩れたところにしゃがみ、下に向かって手を伸ばしている。
アイリーンたちは下を覗き込んでみた。
危険な森の動物はいなかったが、危険な王様はいた。
崩れた崖を這い上がろうとしている。
わあわあ言いながら、みんなに助けられ、のぼってきたエルダーはアイリーンを見るなり言った。
「平地に住め」
いや、どんな命令だ……。
王が妃候補の娘に言うのに、あまり聞かない類いの命令だな、とアイリーンは思う。
もっとも、こんな王宮から遠いだけでなく、人もなかなか近寄れない場所に住んでいる妃候補が滅多にいないからなのだが。
エルダーは下を見下ろしながら言う。
「まったく。
どうやって、こんな場所に城を作ったんだろうな」
「ご存知ないんですか?」
「征服しただけだからな」
そうなんですか、と言ったアイリーンは同じように崖下を覗き込み、
「私なら、完成後に周囲を削りますかね」
と言った。
「山全部をか。
大胆だな……」
とエルダーが呟く。
その少し前、
何故、私がこんな真似をっ、
と思いながら、エルダーは崩れた崖を必死でのぼっていた。
「あのー、王よ。
道は直しておきますから、今日はもう、お帰りになりませんか?」
と遅れてのぼっているイワンが息も切れ切れに言ってくる。
「なにを言うっ。
こんな辺境の地まで、わざわざ来たのだぞっ」
「わざわざと今、申されましたねっ。
さっきまで、格好つけて、ついでに行こうとかおっしゃってましたのにっ」
「覚えておこうっ。
疲れてくると部下は本音をもらすものなのだなっ。
では、私も本音をもらそうっ。
多忙を極める私の時間は貴重だっ。
なのに、何故、隙あらば、アイリーンの顔を見に来てしまうのだろうっ。
不思議でならぬっ」
「それは、ほらっ。
恋なんじゃないですかねっ?」
「こんな滅多に会えない場所にいるから、会いたいと願い、手に入れたいと渇望してしまうだけなのではないかっ?」
「いや、愛なんじゃないですかねっ?」
他の部下たちは静かにしていたが、二人がずっと言い合っているので、気づいた男の使用人たちが助けに来てくれた。
エルダーが崖上に引っ張り上げてもらうと、目の前にアイリーンがいた。
知性に富んだ瞳が自分を見つめている。
エルダーは彼女の顔を見た瞬間に言ってしまっていた。
「平地に住め」
いや、平地に住めってどんな命令だ……という顔をアイリーンはしていた。
89
お気に入りに追加
160
あなたにおすすめの小説
転生して捨てられたけど日々是好日だね。【二章・完】
ぼん@ぼおやっじ
ファンタジー
おなじみ異世界に転生した主人公の物語。
転生はデフォです。
でもなぜか神様に見込まれて魔法とか魔力とか失ってしまったリウ君の物語。
リウ君は幼児ですが魔力がないので馬鹿にされます。でも周りの大人たちにもいい人はいて、愛されて成長していきます。
しかしリウ君の暮らす村の近くには『タタリ』という恐ろしいものを封じた祠があたのです。
この話は第一部ということでそこまでは完結しています。
第一部ではリウ君は自力で成長し、戦う力を得ます。
そして…
リウ君のかっこいい活躍を見てください。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
王都交通整理隊第19班~王城前の激混み大通りは、平民ばかりの“落ちこぼれ”第19班に任せろ!~
柳生潤兵衛
ファンタジー
ボウイング王国の王都エ―バスには、都内を守護する騎士の他に多くの衛視隊がいる。
騎士を含む彼らは、貴族平民問わず魔力の保有者の中から選抜され、その能力によって各隊に配属されていた。
王都交通整理隊は、都内の大通りの馬車や荷台の往来を担っているが、衛視の中では最下層の職種とされている。
その中でも最も立場が弱いのが、平民班長のマーティンが率いる第19班。班員も全員平民で個性もそれぞれ。
大きな待遇差もある。
ある日、そんな王都交通整理隊第19班に、国王主催の夜会の交通整理という大きな仕事が舞い込む。
侯爵夫人のハズですが、完全に無視されています
猫枕
恋愛
伯爵令嬢のシンディーは学園を卒業と同時にキャッシュ侯爵家に嫁がされた。
しかし婚姻から4年、旦那様に会ったのは一度きり、大きなお屋敷の端っこにある離れに住むように言われ、勝手な外出も禁じられている。
本宅にはシンディーの偽物が奥様と呼ばれて暮らしているらしい。
盛大な結婚式が行われたというがシンディーは出席していないし、今年3才になる息子がいるというが、もちろん産んだ覚えもない。
婚姻初日、「好きになることはない」と宣言された公爵家の姫は、英雄騎士の夫を翻弄する~夫は家庭内で私を見つめていますが~
扇 レンナ
恋愛
公爵令嬢のローゼリーンは1年前の戦にて、英雄となった騎士バーグフリートの元に嫁ぐこととなる。それは、彼が褒賞としてローゼリーンを望んだからだ。
公爵令嬢である以上に国王の姪っ子という立場を持つローゼリーンは、母譲りの美貌から『宝石姫』と呼ばれている。
はっきりと言って、全く釣り合わない結婚だ。それでも、王家の血を引く者として、ローゼリーンはバーグフリートの元に嫁ぐことに。
しかし、婚姻初日。晩餐の際に彼が告げたのは、予想もしていない言葉だった。
拗らせストーカータイプの英雄騎士(26)×『宝石姫』と名高い公爵令嬢(21)のすれ違いラブコメ。
▼掲載先→アルファポリス、小説家になろう、エブリスタ
聖女を騙った少女は、二度目の生を自由に生きる
夕立悠理
恋愛
ある日、聖女として異世界に召喚された美香。その国は、魔物と戦っているらしく、兵士たちを励まして欲しいと頼まれた。しかし、徐々に戦況もよくなってきたところで、魔法の力をもった本物の『聖女』様が現れてしまい、美香は、聖女を騙った罪で、処刑される。
しかし、ギロチンの刃が落とされた瞬間、時間が巻き戻り、美香が召喚された時に戻り、美香は二度目の生を得る。美香は今度は魔物の元へ行き、自由に生きることにすると、かつては敵だったはずの魔王に溺愛される。
しかし、なぜか、美香を見捨てたはずの護衛も執着してきて――。
※小説家になろう様にも投稿しています
※感想をいただけると、とても嬉しいです
※著作権は放棄してません
【完結】母になります。
たろ
恋愛
母親になった記憶はないのにわたしいつの間にか結婚して子供がいました。
この子、わたしの子供なの?
旦那様によく似ているし、もしかしたら、旦那様の隠し子なんじゃないのかしら?
ふふっ、でも、可愛いわよね?
わたしとお友達にならない?
事故で21歳から5年間の記憶を失くしたわたしは結婚したことも覚えていない。
ぶっきらぼうでムスッとした旦那様に愛情なんて湧かないわ!
だけど何故かこの3歳の男の子はとても可愛いの。
旦那様、前世の記憶を取り戻したので離縁させて頂きます
結城芙由奈
恋愛
【前世の記憶が戻ったので、貴方はもう用済みです】
ある日突然私は前世の記憶を取り戻し、今自分が置かれている結婚生活がとても理不尽な事に気が付いた。こんな夫ならもういらない。前世の知識を活用すれば、この世界でもきっと女1人で生きていけるはず。そして私はクズ夫に離婚届を突きつけた―。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる