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王様に課せられたこと

あなたがたはご存知ないのです

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「アイリーン様っ」

 アイリーンが城の中に入ると、メディナが飛んできた。

「もうっ。
 どこまで行ってらしたんですかっ。

 さっきまで、部屋で死んでらしたのにっ」

「だって、本が飛んでいったのよ。
 そのままにしておいたら、こっちの世界の本がどうなるのか気になって、カロンの船を追いかけちゃったわ」

 急いで部屋に戻りながら、アイリーンは言う。

 ドレスに着替え、エルダーたちと朝食をとるためだ。

「幸い、そんなに移動してなかったから、坂を駆け上がってきたのよ」

 メディナはアイリーンの部屋着を脱がしながら、ちょっと笑って言う。

「どこからでも王様のために駆けつけるとか、深い愛があるみたいですね」

「……いや、単に国に害が及ばないようによ」

 愛はないわよ、とアイリーンは言った。

 以前、イワンに、もし、自分たちが失態を犯したら、どうなるのかと問うてみたことがある。

「大丈夫ですよ。
 ちょっと国にお叱りの言葉が行く程度ですよ」
とイワンは笑っていたが――。

 アイリーンの髪を整えながら、メディナが言う。

「大国の人間たちは、お叱りがある程度とか、気軽に言いますよね。
 自分たちの国のチカラが如何程いかほどか、ご存知ないのでしょうか」

 彼らがちょっと注意をしただけのつもりでも、属国に近い友好国では大問題となる。

「さ、朝摘んできた花です。
 王様にいただいた銀の髪飾りの周囲に挿すとよく映えると思いますよ」

 そう言い、メディナは籠を見せてくる。

 中には、まだ朝露のついている小さな花が入っていた。

 白い可愛らしい花なのだが。

 花びらの濡れたところが透明になる花なので、朝露のついているところは透けて見える。

「綺麗ね、ありがとう」

「さ、これで完璧。
 アイリーン様の美しさで、さっき、不信感たっぷりにこちらを見てらした王様を黙らせてください」

 そんな無茶をこの侍女は言う。

「が、頑張ってくるわ……」
と苦笑いして、アイリーンは食堂に向かった。


 友好国から招集された姫たちが徒党を組まぬよう、イワンたちは気を配っていたが。

 おしゃべりとお茶会の好きな姫たちは、もちろん、集まっては噂話に花を咲かせていた。

 その中で、急速に茶飲み友だちを増やし、勢力を拡大しているのは、アルガスのバージニア姫だった。

 街中の屋敷を選んだバージニアだったが。

 少し屋敷が小さめで、内装もいまいちだったので、国から届いた調度品で豪華に飾らせていた。

 庭師に造り直させた庭園を眺めながら、テラスでお茶をしていると、友人のひとりが言う。

「そういえば、最近、王様には、順番を飛ばして通われているご執心の姫君がいらっしゃるとか」

 まあ、とみんな驚くようなポーズはとっていたが。
 その実、たいした危機感はないようだった。

 そもそも、ここにいるのは、8000番台の姫たち。

 この先、王様に目通り叶うことなどないだろうと、みな思っているようだった。

 彼女らが気にしているのは、このまま留め置かれ、自分にとっての花の季節をみすみす逃してしまうことだけ。

 ――でも、私は諦めないわよっ。
 強く賢いだけでなく、一目見たら、そのお姿が一生心から離れないと言われる美しきコルバドスの王の妃となるわっ。

 バージニア姫は身を乗り出し、詳しい話を訊こうとする。

「どこの姫なの?」

「私たちと同じ8000番台で、高い高い塔の上に閉じ込められているお姫様だとか」

 世間知らずで夢見がちな姫たちの間で伝わっていった話は、かなりメルヘンチックに曲がりくねっていた。

 みんな、
「素敵ねー」
「王様は囚われの姫のために、塔によじ登ったりなさっているのかしらー」
とうっとり語っている。

 普通なら、王が集めてきた姫なのに、誰が閉じ込めるんだ、とか思うところだろうが、彼女らは気づかない。

 そのうち、それぞれが、最近気になっている騎士や商人の話をしはじめた。

 バージニアはひとり考える。

 ――高い高い塔の上?
 そんなモノこの国にあったかしら?

 あったら、どこからでも見えそうなものだけど……。

 そんなバージニアだけがめげずに謀略を巡らせようとしているお茶会が開かれている頃、王、エルダーは高い高い崖をよじ登っていた。



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