1 / 30
美しい姫か、賢い姫か
図書館で本を読んでいたら、嫁に行くことになりました
しおりを挟む「他に誰かいないのか」
そんな声が図書館中に響き渡っていた。
天井が高いせいだろう。
王宮の外れにある図書館。
白い壁には多くの絵画が飾ってあり、柱の装飾も見事なので、アイリーンはこの静かな空間が気に入っていた。
いや、今は全然静かではないのだが……。
木製の書見台に広げている重い本を眺めながら、アイリーンは聞くともなしに、その騒がしい声を聞く。
「どの国も姫を二、三人差し出しているのに。この国は一人なのか。
我がコルバドスへの忠誠心を疑われますぞ」
威圧的な口調だ。
似た言語ではあるが、ちょっとこの辺りの言葉とはイントネーションが違うようだ。
コルバドス……。
最近、どんどん勢力を拡大しているとかいう大国か。
すぐ近くの国まで攻め入っていたようだけど、やはり、ここまで来ていたのか。
隣の国は友好関係を結び、コルバドスの王に人質として、姫を数人差し出したと聞く。
――なんか最近、上の人たちがコソコソしてるな~と思っていたけど。
攻め入られる前に、向こうの出した条件を飲み、友好条約を結んだんだな、とアイリーンは推察する。
表向きにはできない話を、人気のないこの図書館で、打ち合わせておこうと思ったようだが、声が大きく、もれ響いてしまったようだった。
「申し訳ございません。
我が国に残っている姫は、バージニア様、ただ一人」
そう言ったのは、宰相ベネディクトのようだった。
ベネディクトはアイリーンの親戚筋にあたるので、昔から、そこそこ可愛がってくれている。
「なんか姫っぽい奴でよいから、連れてこい」
そうベネディクトより若い男の声が言った。
さっき叫んだ男、恐らく、コルバドスの使者だろう。
なんか姫っぽい奴ってなんだ、と思いながら、アイリーンはぺらりとページをめくる。
歩きながら話しているのか、その声は近づいてきた。
「いいか? 美しい姫か、賢い姫だ」
美しい姫か、賢い姫……。
アイリーンが頭の中でなんとなく復唱したとき、同じように復唱しているらしきベネディクトが足を止め、こちらを見た。
書架と書架の間をよぎる瞬間に目を合わせてしまったらしい。
――ウツクシイ姫か、賢いヒメ。
「おお、美しい姫がいるではないか」
ベネディクトといた使者も足を止め、こちらを見て破顔する。
質のいい布のマントを羽織った使者はアイリーンを上から下まで眺めて言った。
「うむうむ。
いいではないか。
図書館にいるし、賢そうだ」
いや、偏見がすぎますよ。
図書館にいただけで、賢いとか。
私は今、古代のお菓子の焼き方を見ているだけなんですけどね。
「ところで、この娘は姫なのか? 姫っぽいが」
と男はベネディクトに訊いている。
「……まあ、姫ですかね。
現王家の姫ではありませんが。
イニシエの、この国を作った家系の生き残り……いや、姫です」
生き残りというと、惨殺してこれしか残ってない、みたいに聞こえそうだからだろう。
ベネディクトは言いかえた。
単に、もともと少なかったアイリーンの血族が、みな年老いて、あんまり人数残ってない、というだけの話だったのだが。
勝手に血生臭い匂いを感じったらしい使者は、
「そうであったか」
とごくりと唾を飲み込む。
「では、王の娘、バージニアと、この娘を連れて帰ろう」
娘よ、とアイリーンに向かい、使者は呼びかけてくる。
「そなたもその方がよいだろう」
新天地で強く生きるがよい、という感じに頷き言ってきたが。
……いや、私、別にここで迫害されているわけではないんですけどね。
現王家とイニシエの王家はもともと親戚筋で。
王位を譲るのもスムーズで特に問題はなかった。
といいますか、王位を譲ったの、すごい昔のご先祖様なんで。
今、生きてる人間には、ほぼ、関係ないんですけどね、とアイリーンは思う。
使者が他の者と打ち合わせに行ってしまったあと、ベネディクトが戻ってきてくれたので、詳しい話を聞く。
男はやはり、この度、友好関係を結んだ大国コルバドスからの使者だった。
友好関係というか。
侵略に来た軍に逆らいませんとすぐに約束しただけのようだったが。
コルバドスはこうして、次々と近隣の国々を飲み込んでいっているらしい。
「非道なことはされないそうだ。
税の取り立ても厳しくないらしいし。
それぞれの国の祀る神々も大事にしてくださるそうだ。
勢いのある大きな国の庇護下に入った方が良いのではないか」
内密の会議でそんな結論に達したらしい。
大国と戦にならずに済んでよかった、とみな、ホッとしたようだった。
ただし、友好国となるには条件があり。
美しい姫と賢そうな姫はみなコルバドスに差し出さねばならないらしい。
使者はその準備をしていたのだが。
売れ残っている姫がバージニア一人しかいなかったため、アイリーンに白羽の矢が立ったようだった。
「一人しか連れて帰らなかったら、私の立場がない」
のちに、使者、コリー・ドキニオンはそう語っていた。
しかし、美しい姫か、賢い姫か。
結局、どちらに振り分けられたのか、気になるな……、
とか思っているうちに、見送りの儀式が行われることになった。
98
お気に入りに追加
162
あなたにおすすめの小説
若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!
古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。
そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は?
*カクヨム様で先行掲載しております
伝説の木は、おとなりです
菱沼あゆ
ファンタジー
よくわからない罪を着せられ、王子に婚約破棄されたあと、悪魔の木の下に捨てられたセシル。
「お前なぞ、悪魔の木に呪われてしまえっ」
と王子に捨てゼリフを吐かれてやってきたのだが。
その木の下に現れた美しき領主、クラウディオ・バンデラに、いきなり、
「我が妻よ」
と呼びかけられ――?
(「小説家になろう」にも投稿しています。)
転生先は盲目幼女でした ~前世の記憶と魔法を頼りに生き延びます~
丹辺るん
ファンタジー
前世の記憶を持つ私、フィリス。思い出したのは五歳の誕生日の前日。
一応貴族……伯爵家の三女らしい……私は、なんと生まれつき目が見えなかった。
それでも、優しいお姉さんとメイドのおかげで、寂しくはなかった。
ところが、まともに話したこともなく、私を気に掛けることもない父親と兄からは、なぜか厄介者扱い。
ある日、不幸な事故に見せかけて、私は魔物の跋扈する場所で見捨てられてしまう。
もうダメだと思ったとき、私の前に現れたのは……
これは捨てられた盲目の私が、魔法と前世の記憶を頼りに生きる物語。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
お母さんに捨てられました~私の価値は焼き豚以下だそうです~【完結】
小平ニコ
ファンタジー
主人公リネットの暮らすメルブラン侯爵領には、毎年四月になると、領主である『豚侯爵』に豚肉で作った料理を献上する独特の風習があった。
だが今年の四月はいつもと違っていた。リネットの母が作った焼き豚はこれまでで最高の出来栄えであり、それを献上することを惜しんだ母は、なんと焼き豚の代わりにリネットを豚侯爵に差し出すことを思いつくのである。
多大なショックを受けつつも、母に逆らえないリネットは、命令通りに侯爵の館へ行く。だが、実際に相対した豚侯爵は、あだ名とは大違いの美しい青年だった。
悪辣な母親の言いなりになることしかできない、自尊心の低いリネットだったが、侯爵に『ある特技』を見せたことで『遊戯係』として侯爵家で働かせてもらえることになり、日々、様々な出来事を経験して成長していく。
……そして時は流れ、リネットが侯爵家になくてはならない存在になった頃。無慈悲に娘を放り捨てた母親は、その悪行の報いを受けることになるのだった。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
モブで可哀相? いえ、幸せです!
みけの
ファンタジー
私のお姉さんは“恋愛ゲームのヒロイン”で、私はゲームの中で“モブ”だそうだ。
“あんたはモブで可哀相”。
お姉さんはそう、思ってくれているけど……私、可哀相なの?
ご先祖さまの証文のせいで、ホテル王と結婚させられ、ドバイに行きました
菱沼あゆ
恋愛
ご先祖さまの残した証文のせいで、ホテル王 有坂桔平(ありさか きっぺい)と戸籍上だけの婚姻関係を結んでいる花木真珠(はなき まじゅ)。
一度だけ結婚式で会った桔平に、
「これもなにかの縁でしょう。
なにか困ったことがあったら言ってください」
と言ったのだが。
ついにそのときが来たようだった。
「妻が必要になった。
月末までにドバイに来てくれ」
そう言われ、迎えに来てくれた桔平と空港で待ち合わせた真珠だったが。
……私の夫はどの人ですかっ。
コンタクト忘れていった結婚式の日に、一度しか会っていないのでわかりません~っ。
よく知らない夫と結婚以来、初めての再会でいきなり旅に出ることになった真珠のドバイ旅行記。
ちょっぴりモルディブです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】転生?いいえ違うわ……なぜなら…
紫宛
恋愛
※全5話※
転生?
わたし空は、車に轢かれて死にました。
でも、気がつくと銀色の綺麗な髪をした女性の体に入っていました。
ゲームの世界?
小説の世界?
ラノベ的な展開?
……と期待していた部分は確かにありました。
けれど、そんな甘いものは無かったのです。
※素人作品、ご都合主義、ゆるふわ設定※
老女召喚〜聖女はまさかの80歳?!〜城を追い出されちゃったけど、何か若返ってるし、元気に異世界で生き抜きます!〜
二階堂吉乃
ファンタジー
瘴気に脅かされる王国があった。それを祓うことが出来るのは異世界人の乙女だけ。王国の幹部は伝説の『聖女召喚』の儀を行う。だが現れたのは1人の老婆だった。「召喚は失敗だ!」聖女を娶るつもりだった王子は激怒した。そこら辺の平民だと思われた老女は金貨1枚を与えられると、城から追い出されてしまう。実はこの老婆こそが召喚された女性だった。
白石きよ子・80歳。寝ていた布団の中から異世界に連れてこられてしまった。始めは「ドッキリじゃないかしら」と疑っていた。頼れる知り合いも家族もいない。持病の関節痛と高血圧の薬もない。しかし生来の逞しさで異世界で生き抜いていく。
後日、召喚が成功していたと分かる。王や重臣たちは慌てて老女の行方を探し始めるが、一向に見つからない。それもそのはず、きよ子はどんどん若返っていた。行方不明の老聖女を探す副団長は、黒髪黒目の不思議な美女と出会うが…。
人の名前が何故か映画スターの名になっちゃう天然系若返り聖女の冒険。全14話。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる