愛はないですが、地の果てからも駆けつけることになりました ~崖っぷち人質姫の日常~

菱沼あゆ

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美しい姫か、賢い姫か

図書館で本を読んでいたら、嫁に行くことになりました

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「他に誰かいないのか」

 そんな声が図書館中に響き渡っていた。
 天井が高いせいだろう。

 王宮の外れにある図書館。
 白い壁には多くの絵画が飾ってあり、柱の装飾も見事なので、アイリーンはこの静かな空間が気に入っていた。

 いや、今は全然静かではないのだが……。

 木製の書見台に広げている重い本を眺めながら、アイリーンは聞くともなしに、その騒がしい声を聞く。

「どの国も姫を二、三人差し出しているのに。この国は一人なのか。
 我がコルバドスへの忠誠心を疑われますぞ」

 威圧的な口調だ。
 似た言語ではあるが、ちょっとこの辺りの言葉とはイントネーションが違うようだ。

 コルバドス……。
 最近、どんどん勢力を拡大しているとかいう大国か。

 すぐ近くの国まで攻め入っていたようだけど、やはり、ここまで来ていたのか。

 隣の国は友好関係を結び、コルバドスの王に人質として、姫を数人差し出したと聞く。

 ――なんか最近、上の人たちがコソコソしてるな~と思っていたけど。

 攻め入られる前に、向こうの出した条件を飲み、友好条約を結んだんだな、とアイリーンは推察する。

 表向きにはできない話を、人気のないこの図書館で、打ち合わせておこうと思ったようだが、声が大きく、もれ響いてしまったようだった。

「申し訳ございません。
 我が国に残っている姫は、バージニア様、ただ一人」

 そう言ったのは、宰相ベネディクトのようだった。

 ベネディクトはアイリーンの親戚筋にあたるので、昔から、そこそこ可愛がってくれている。

「なんか姫っぽい奴でよいから、連れてこい」
 そうベネディクトより若い男の声が言った。

 さっき叫んだ男、恐らく、コルバドスの使者だろう。

 なんか姫っぽい奴ってなんだ、と思いながら、アイリーンはぺらりとページをめくる。

 歩きながら話しているのか、その声は近づいてきた。

「いいか? 美しい姫か、賢い姫だ」

 美しい姫か、賢い姫……。

 アイリーンが頭の中でなんとなく復唱したとき、同じように復唱しているらしきベネディクトが足を止め、こちらを見た。

 書架と書架の間をよぎる瞬間に目を合わせてしまったらしい。

 ――ウツクシイ姫か、賢いヒメ。

「おお、美しい姫がいるではないか」

 ベネディクトといた使者も足を止め、こちらを見て破顔する。
 質のいい布のマントを羽織った使者はアイリーンを上から下まで眺めて言った。

「うむうむ。
 いいではないか。

 図書館にいるし、賢そうだ」

 いや、偏見がすぎますよ。
 図書館にいただけで、賢いとか。

 私は今、古代のお菓子の焼き方を見ているだけなんですけどね。

「ところで、この娘は姫なのか? 姫っぽいが」
と男はベネディクトに訊いている。

「……まあ、姫ですかね。
 現王家の姫ではありませんが。

 イニシエの、この国を作った家系の生き残り……いや、姫です」

 生き残りというと、惨殺してこれしか残ってない、みたいに聞こえそうだからだろう。 

 ベネディクトは言いかえた。

 単に、もともと少なかったアイリーンの血族が、みな年老いて、あんまり人数残ってない、というだけの話だったのだが。

 勝手に血生臭い匂いを感じったらしい使者は、
「そうであったか」
とごくりと唾を飲み込む。

「では、王の娘、バージニアと、この娘を連れて帰ろう」

 娘よ、とアイリーンに向かい、使者は呼びかけてくる。

「そなたもその方がよいだろう」
 新天地で強く生きるがよい、という感じに頷き言ってきたが。

 ……いや、私、別にここで迫害されているわけではないんですけどね。

 現王家とイニシエの王家はもともと親戚筋で。

 王位を譲るのもスムーズで特に問題はなかった。

 といいますか、王位を譲ったの、すごい昔のご先祖様なんで。
 今、生きてる人間には、ほぼ、関係ないんですけどね、とアイリーンは思う。


 使者が他の者と打ち合わせに行ってしまったあと、ベネディクトが戻ってきてくれたので、詳しい話を聞く。

 男はやはり、この度、友好関係を結んだ大国コルバドスからの使者だった。

 友好関係というか。
 侵略に来た軍に逆らいませんとすぐに約束しただけのようだったが。

 コルバドスはこうして、次々と近隣の国々を飲み込んでいっているらしい。

「非道なことはされないそうだ。
 税の取り立ても厳しくないらしいし。
 それぞれの国の祀る神々も大事にしてくださるそうだ。

 勢いのある大きな国の庇護下に入った方が良いのではないか」

 内密の会議でそんな結論に達したらしい。

 大国と戦にならずに済んでよかった、とみな、ホッとしたようだった。

 ただし、友好国となるには条件があり。

 美しい姫と賢そうな姫はみなコルバドスに差し出さねばならないらしい。

 使者はその準備をしていたのだが。

 売れ残っている姫がバージニア一人しかいなかったため、アイリーンに白羽の矢が立ったようだった。

「一人しか連れて帰らなかったら、私の立場がない」

 のちに、使者、コリー・ドキニオンはそう語っていた。

 しかし、美しい姫か、賢い姫か。

 結局、どちらに振り分けられたのか、気になるな……、
とか思っているうちに、見送りの儀式が行われることになった。


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