眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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眠らせ森の恋

一緒に暮らしていても、ツーカーな感じにはいかないようだ

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「着いたか、秋名」
 玄関前に車が横付けになると、すぐさま、西和田が出て来た。

 待ってくれていたらしい。

 さすが、いいスパイだ、と思う。

「すみません。
 熱が下がり切らなくて」
と言うつぐみを後ろから奏汰が押す。

「早く降りろ、邪魔だ」
 いたっ、と頭を小突かれるように押されて、つぐみは振り返る。

「ひとりで立てないのに、ごちゃごちゃ言わないでください。

 私が手を貸すと問題がありますので、西和田さん、松本部長。

 社長をさりげなく、両端から挟んでください。
 フラフラしてますから」
と言うと、急いで降りた松本が、はいっ、と言う。

 いや、人事部長に、あらたまられると困ってしまうのだが、と思っている横で、

「社長、立てますか?」
とスパイがやさしく訊いている。
 


 会議室までの廊下、西和田がさりげなく社長を支えて歩きながら言ってくる。

「社長はまだお若いし、前社長への反発もあって、あからさまに社長への反抗心をむき出しにしてくる重役も居る。

 そういうやからは、白河さんの意見もあって、支社長として、他所に飛ばされてるんだが、今日は勢揃せいぞろいしているからな」

 そんな話を聞きながら、白河さんって、好々爺こうこうやって感じだったけど。やっぱり、仕事のこときは違うんだな、と思った。

「業績も右肩上がりだし、問題はないんだが。

 やはり、此処でビシッと社長が演説のひとつも決めないとサマにならないと思うんだが」
と西和田は奏汰を見る。

「困りましたね。
 まさか、こんな肝心なときにコケられる方だとは」

 つぐみの呟きに、西和田と松本に支えられながら、奏汰が、……おい、と言う。

「お前ら、まるで、俺が居ないかのように語ってするが――」
と口を開いた奏汰に、つぐみが、

「体調管理できない人にいろいろ言われる筋合いはありません。
 西和田さんにも松本部長にもご迷惑おかけして」
とピシャリと言うと、ぷっ、と松本が笑う。

 だが、更に奏汰のテンションが下がってしまったので、まずい、また風邪が悪化するかな、と密かに思っていた。

「大丈夫だ。
 本番は別人のように華麗に決めるから」

 そう強がる奏汰に、つぐみは廊下の先を見、
「本番は二分後です。
 扉は目の前です」
とつれなく言った。

「松本部長」
と振り返ると、再び、はいっ、と松本が勢い良く返事をしてくる。

 ……だから、あらたまらないでください、と思いながら、つぐみは、
「代わります」
と言った。

 実際歩くのを見て、やはり、此処から自力で、というのは無理だな、と思ったのだ。

「私が社長を支えます。

 西和田さんも扉を開けたら、少し離れてください。

 私なら言い訳が立ちますから」

 社長、と奏汰を振り返る。

 その目を見つめて言った。

「私、横で支える準備をしてますけど、出来るだけ自力で歩いてください。
 わかりましたね」

「なに子どもに言うように言ってるんだ。
 それくらいのこと、出来るに決まってるだろう」

 口調は相変わらずだが、ある程度、薬で熱は下げたが、体力をかなり奪われたようで、立っているのがやっとの感じだった。

「では、行きましょう。
 西和田さん」
と目の前に来た扉を見て言うと、あっ、私がっ、と松本が走って行き、扉を開けてくれた。

 結婚式場か、という感じだった。

 西和田とともに、奏汰の横に寄り添い、一番前にみんなを向くように置いてある長机のところに行く。

 少しざわついていた。

 秘書がついて来たにしても、奏汰と位置が近すぎるからだろう。

 だが、あんまり離れると倒れそうで怖い。

 座ってしまえば、もう大丈夫だろう。

 本人が言うように、さも元気そうにハッタリをかませる。

 だが、西和田はともかく、このまま自分が去ったら、あれ、なんだったんだとざわつきそうだと思い、つぐみは奏汰の腕をつついた。

「しょーかいしてくださいっ」
と小声で言う。

 は? とやはり少し頭の回転が鈍くなっているのか、自分の意図が読めないのか、奏汰が訊き返してくる。

 うむ。
 一緒に暮らしていても、ツーカーな感じにはいかないようだ、と思いながら、つぐみは言った。

「私を皆さんに紹介してください。

 此処に居ても、おかしくないように。

 さっき、松本部長にしたみたいな余計なセリフ入りのはなしですよっ」

 だが、奏汰は戸惑っている。

 いいのか? という顔をしていた。

 この間、一秒いっていないと思うが。

 社長っ、ご存知でしょうが、一秒って長いんですよっ。

 前に出た途端に黙り込む社長に不信感を与えるには充分ですっ、とつぐみは思う。

 そんな感情を押し隠し、つぐみは前を向くと、にっこり微笑んだ。

「皆様、初めまして。
 秋名物産、秋名雅広の娘、つぐみでございます」

 父親の名前を出したせいで、会場がざわつく。

「この度、白河様のご紹介により、半田奏汰さんと結婚させていただくことになりました」

 ええっ? という顔で、奏汰と西和田が見る。

 いや、貴方がたが驚かないでください……。

 だが、白河の名前の効果は此処でも絶大だ。

 過去、なにをやってきたんだ、あのじいさん、と思いながらも、つぐみは微笑みを絶やさなかった。

「結婚する相手の会社のことも知っておくべきだと社長に言われまして。

 ただいま、秘書として、研修中です。

 ドジばかりしておりますので、此処で一発、自分で挨拶してみろと社長に言われまして、恥ずかしながら、出て参りました。

 皆様、今後とも、どうぞよろしくお願いい致します」
とつぐみは頭を下げた。

 パラパラと数人が手を叩き、そのうち、それが満場の拍手に代わった。

 少し照れたように語るつぐみのつたなさに、みんな我が娘でも見ているような気分で応援してくれたようだった。

「では、失礼致します」
と言って、つぐみは奏汰を見た。

 もう大丈夫ですね? という意味で見つめたのだが、奏汰は自分を見下ろし、
「……つぐみ、結婚してくれ」
と言ってきた。

 まだ熱に浮かされているのだろうか。

 こんなところでなにを言ってるんだ、と思いながら、
「するって、今、言いましたよ」
と言うと、

「……俺はまだ言ってない」
と言う。

「白河さんのためとかじゃない。
 体裁を保つためでもない。

 俺と結婚してくれ」

「お熱がありますか?」
とまたつい、子どもに訊くように訊いてしまうと、

「……知恵熱がな」
と言う。

 前の席の数人には、その小さな声も聞こえたらしく、笑っていた。

「最初は白河さんのために、なんとなく始まったことかもしれないが、俺は今は本気でお前と結婚したいと思っている。

 今は――

 白河さんが反対しても、お前と結婚したい」
とまだ熱の残る手で手を握ってくる。

 だから、何故、白河さん基準、と思いながら、つぐみは言った。

「いいですよ」

「いいですよ? 上からか」
と奏汰は言う。

 どうもこの会社に入ってから、お前、上から目線だなんだと言われるが。

 自分が上だと普段思っている人がたくさん居るからではなかろうか。

 それはもちろん、奏汰もだ。

 だから、奏汰を見つめ、言ってやった。

「私、貴方のことを、最初は鼻持ちならない人だな、と思ってました。
 格好いいけど」

 奏汰は怒っていいのか、喜んでいいのかわからないという顔をする。

 そして、少し熱が引けてきたからか。

 こんなところでこんな話してていいのか、という顔もしていた。

 いや、あんたが始めたんだ、と思いながら、つぐみは言う。

「なんでも強引に自分の思った通りに話が進むと思ってる。
 こりゃあ、一緒にはやってけないな、と思いました」

 すると、数人の支社長や重役が笑った。

「でも、そんなワガママな王様みたいな貴方が、風邪ひいて、しょんぼりしているのを見たとき、支えてあげなきゃなーと不覚にも思ってしまったんですよ」

「不覚にもってなんだ……」
と奏汰が眉をひそめて言う。

 言い返せる元気もずいぶん出て来たようだ。

「まあ、考えてみれば、いいところもないでもないでもないし」
と言うと、また誰かが笑う。

 さっきから、なにか思い当たる節のある人が笑っているようだ。

「縁あって、こうして一緒に居るわけですから。

 仕方がない。

 貴方がよろけたときには、私が手を貸してあげますよ。

 その代わり、私が困ったときには、貴方が私に手を貸してください。

 人って、不満を抱きながらも、そうやって支え合い、おぎない合いながら、生きてくのかなって思いました。

 始まりはどんな風でも――」

 自分のしょうもない話を何故かみんな黙って聞いていた。

 つぐみは前を見て、
「というわけで、ふつつか者ですが、皆様、よろしくお願い致します」
と頭を下げた。

 何故かまた、拍手が起こる。

 そして、何故か少し元気になったらしい奏汰はひとりでしっかり立っていて。

 彼が頭を下げると、西和田が絶妙のタイミングで会議の始まりを告げる。

 傍目はために見ていても、息が合っている風に見えた。


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