眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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社長、横恋慕かもしれません

十二時の鐘

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 西和田は、
「もしかして、秋名が編み物に夢中なのがお嫌だとか?」
と訊いたあと、

「そんなわけないだろ」
と素っ気なく言ってきた奏汰の顔を窺っていた。

 いやいや。
 そんなわけだろう、と西和田は思う。

 クールに振る舞っているが、秋名にメロメロじゃないか。

 なにがいいんだろうな。
 ずっと一緒に住んでいるのに、なにもさせない女の何処が、と思いながら、

「それで、出来たんですか? セーター」
と訊く。

「出来たぞ」
と奏汰はスーツをチラッとめくってみせる。

 今朝見たとき、いつもより体格がいい気がしたのだが、それは中にセーターを着込んでいるせいだったようだ。

 社長……まだ暑いです、セーター、と思ったのだが、なにやら嬉しそうだったので言わなかった。

 半分、自分で編んだセーターを嬉しそうに着る男。

「変わりましたね……、社長」

 そう思わず呟いていた。
 


 西和田が去って、しばらくひとりで仕事をしていた奏汰の許に、ノックをして、つぐみが現れた。

「社長、お茶ですっ」
と突き出してくるが。

 いや、頼んでないんだが……と思う。

 つぐみは何故か手に紙袋を持っている。

「脱いでくださいっ」

「此処でか。
 なにをだ?」

 セーターに決まってるじゃないですかっ、とつぐみは勝手に服を脱がそうとする。

「莫迦、やめろっ」
と言ったが、

「みんながセーター見せろって言うんですっ。
 あの状態から、そんな一気に出来るわけないって。

 早く脱いでっ」

 私、嘘つきになっちゃいますっ、とつぐみは言って無理やり、デスクに自分を押し付け、スーツのボタンを外してくる。

 襲われる……と思った。

 女の気持ちがちょっとわかった、と思っている間に、つぐみはそのまま、セーターを紙袋に突っ込んで持っていこうとする。

「待て。
 みんなにそれ見せて、そのあと、俺が着てたらまずいだろうがっ」
と言いながら、なにがまずいのかわからないなと思っていた。

 少なくとも自分の方には、つぐみと結婚することを隠す理由はないし、今更、この話を反故ほごにするつもりもなかった。

 そう。
 白河さんが元気になられても、破談にする気など毛頭なかったのだが、つぐみは、

「大丈夫です。
 スーツの下に着てもいいように薄くしてありますし、Vネックも深くしてありますから、見えませんってっ」
と言って強引にセーターを自分の手からかっさらい、出て行った。

 パタン、と閉まった扉を見ながら、誰が眠り姫だ……。

 可憐な姫どころか、十二時になったからと言って、実は借り物だった王冠と変なカボチャパンツと白いタイツを王子から奪って行く強欲な魔女のようだ、と思う。

 そのとき、スマホに着信があった。

「は、はい」
と服を剥ぎ取られて動揺したまま出る。

『ああ、奏汰くんかね』
と言う声に、どきりとしていた。

「し、白河さんですか?」

 どうやら、電話に出られるくらい回復したようだ、と思っていると、

『すっかり元気になってねー。
 来週退院だよー』

「そうなんですか。
 よかったです」
とほっとして言うと、

『いやあ、君のお父さんから、私のために結婚しようとした話を聞いて、冷や汗が出たよ。

 すまなかったね。

 その話に付き合わせたお嬢さんにも一度お会いして、お詫びしたいんだけど。

 新人秘書の子なんだって?

 しかも、秋名さんの娘さんだとか。

 いつが暇かな。
 今度、君たちと双方のご両親を食事に招待するよ』
と白河は言ってきた。

 そうか……、と思う。

 そうか。
 もう、結婚するふりなどしなくてもいいんだ。

 強引に魔女に奪われた王冠を追うように、奏汰は、つぐみの消えたドアを見た。


 十二時の鐘は、いつの間にか鳴り終わってしまっていたようだった――。



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