眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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社長、横恋慕かもしれません

お前、今度はなにをした

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「というわけで、靴下にしてみました」

 なにが、というわけでだ、と奏汰は、帰った途端、カサカサと紙袋からなにか出してくるつぐみを見た。

 もふもふの毛糸で二重に編まれた物凄い厚さの靴下だ。

「まるで、あれだな。
 雪ん子が履いている……」

「ああ、わらぐつ」

 なるほど、そうですね、とつぐみは自宅でそれを履かせようとする不自然さには気づかず、言ってくる。

「床の上で滑るだろ」
と言うと、

「大丈夫です。
 赤ちゃんの靴下につける滑り止め、つけときました」
と言って、白いポツポツのついた裏を見せてくる。

「星形にするの、苦労したんです」
とそのポツポツが星形になっているのを、ほら、と顔に近づけ、見せてくる。

 俺は赤ちゃん扱いか、と思いながらも、自分のために編んでくれたことは嬉しくて、言われるがまま、ソファに座り履いてみた。

「よくお似合いです」
と渋い草色のブーツのようになった靴下を見て、つぐみは手を叩く。

 いや、こんなものにお似合いとかあるか、と思っていると、
「毛糸が余ったので、お揃いで帽子もいいかな、と思ったのですが。
 頭寒足熱と言いますから」

 アイスノンです、と大きな枕のようなアイスノンを渡してくる。

 ……どうしても、俺を即行眠らせたいようだ、と思っていた。



「お前、今度はなにをした」

 小会議室で、打った書類の読み合わせをしていると西和田が言ってきた。

 は? とつぐみは顔を上げる。

「社長が機嫌が悪い。
 なにをした?」

「靴下編んで差し上げただけですよ」

「……セーターじゃなかったのか」

 うーん、と唸り、つぐみは言った。

「ちょっと嬉しそうな感じだったんですけどね。
 靴下だったので、手抜きと思われたんですかね?」

「いや、まあ、編むだけで、立派だとは思うが……。

 好きでもない女からもらって一番困るのは、手編みだが、好きな女からもらったら、とりあえず、嬉しいからな」
と言われ、

「えっ?
 じゃあ、社長、困ってるんですかね?」
と身を乗り出してしまい、阿呆か、と言われる。

「これほどのラブラブカップルもなかなか居ないと思うが」
とよくわからないことを西和田は呟いていた。

「ところで、お前、セーター、社長に編んでたのか?」

「他の誰に編むって言うんですか。
 あっ、西和田さんもどうですか? 二枚目なら上手く行くかもしれません」

「お前、一枚目の上手くないのを社長に渡すとかどうなんだ」

「でも、社長を後回しにするのも変ですしね。
 ああ、でも、西和田さん、私からもらうと不気味ですよね」
とさっきの話を思い起こして言うと、西和田は、

「いや……とりあえず、嬉しいが」
と戸惑うように言ったあとで、

「……まあ、ぼちぼち上手く出来そうだからな」
と何故かその理由をとってつけたように言ってきた。

「社長はあれじゃないのか?
 セーターの方は別の誰かにやると思って機嫌が悪いんじゃないのか?」
と西和田は言う。

「いや、それはそれで編んでますけどね。

 ……もしかして、赤ちゃん用の滑り止めをつけたのが気に入らなかったんでしょうかね?」

「赤ちゃんと言えば、子どもはまだ作らないのか」

 仕事の関係もあるから、作るようなら言え、と言われたのだが――。

「あの、まだ結婚してませんからね」
と言って、ほんとに往生際が悪いな、とまた言われる。

「でも、赤ちゃんは欲しいですねえ」
と友だちの子どものいい匂いを思い返しながら呟くと、

「俺が作ってやろうか」
と西和田は言い出す。

「あ、結構です」

「結構、可愛い子が産まれると思うぞ」
と言いながら、西和田は子どもの顔アプリで自分たちの写真を撮ってみている。

「……変じゃないですか」

 出上がった子どもの顔を見て、つぐみが言うと、うーん、と唸って西和田が言う。

「美男美女を組み合わせても、子どもが美形とは限らないからな。
 バランスの問題だからな、美しいかどうかって」
と言ったあとで、顔を上げ、

「じゃあ、社長でも無理だぞ」
と言ってくる。

「んー。
 似た顔ならいいんじゃないですかね?

 どっちの何処をとっても」

「じゃあ、兄弟とでも結婚しろよ」

「嫌ですよ、気持ちの悪い」

「夫婦で冷めてくのって、結局家族化して気持ち悪くなっていくからかな」

「じゃあ、離れて暮らした方がいいですよね」

「それも寂しいだろ。
 っていうか、適度な距離感が大事って話じゃないのか。

 お前んちみたいに」
と言われたが、いやいや、うちは適度どころではない、と思う。

 ――っていうか。

「一緒に暮らしてはいるけど、恋人ではないし。

 夫婦でもないし。

 うちって言うのもなんか変なんですけどね」
と呟くと、

「『うち』だろ。
 ずっと一緒に暮らしてるんだから」

 そう西和田はまとめるように言ってきた。

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