眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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社長、横恋慕かもしれません

ちょっと目にいいカシスオレンジ

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 奪い合って編んでいたら、もうこんな時間かあ。

 なんか肩こるし、目が疲れたな、とつぐみは編み棒から手を離し、時計を見る。

 その隙にさっと奏汰がとって、編み図を確認しつつ、編み始めた。

 ……ほんとにこの人はもう~、と苦笑いしながら、
「疲れましたね~」
と呟くと、つぐみに奪われないよう、がっちり編み棒を握ったまま、

「そうだな」
と奏汰も顔を上げる。

「編み物、意外に目が疲れるな。
 慣れている人間だと手先だけで、すすすすっと編めるのかもしれないが」

 奏汰が幾ら小器用とは言っても、所詮、編み物初心者だ。

 編み図と編み目を凝視しながらやっているので、疲れたようだった。

 両の目頭の辺りを指で押している。

 奏汰は編み棒から手を離し、立ち上がった。

「なにか目にいいカクテルでも作ってやろう。

 ……赤ワインでもいいんだが。

 アントシアニンがたくさん入っているから」

 ただワインを注ぐだけでは物足りないらしい。

 なにか作りたいようだ、とキッチンに向かうその背中を見ながら思った。

 慣れない編み物をやって、なにか得意なことをやりたくなったようだ。

「よし、カシスにしようか。
 カシスもアントシアニンが豊富だからな。

 女性が好むというカシスオレンジにしてやろう」

 偏見ですよ……と既に黒いカシスリキュールのボトルをつかんでいる奏汰を見る。

 実は私はカシス、苦手なんです、と思ってはいたが、せっかく作ってくれるというので、黙っていた。

「カシスオレンジは、カシスリキュールとオレンジジュースを混ぜるだけでいいんだが」

 混ぜるだけというのが気に入らないようだ、と見ていると、いきなりオレンジを切ってしぼり始めた。

 一手間加えたいんだな……。

 細長いコリンズグラスにカシスリキュールを注ぎ、氷を入れたあとで、グラスを斜めにして、そっと今絞ったばかりのオレンジをそそいでいる。

 カシスとオレンジで美しい二層のカクテルになった。

 ……どうしても、一手間加えたいんだな。

 奏汰は、そのまま持ってこようとしてやめ、カットしたオレンジになにかし始めた。

 眠そうな目でオレンジに細工をしている奏汰がぼんやりしたまま、無意識のうちにやっているように見えて、笑ってしまう。

 だが、すぐに、
「ほら」
と鳳凰のような飾り切りになったオレンジがグラスに刺さってやってきた。

「ありがとうございます」
と受け取る。

 うーむ。
 ありがたいが、苦手なんだが……と思いながらも、一口呑んでみた。

「美味しい!
 すっきりして、甘くて。

 私、今まで苦手だったんですけど、カシス系のカクテル。

 呑みやすいですっ」
と言うと、奏汰は、

 ……苦手だったのか、早く言え、という顔をしたあとで、

「新鮮なオレンジを使っているから、さっぱりして口当たりがいいんだろう。
 っていうか、苦手だったのか」
と少し欠伸をしながら、口に出して言ってきた。

「すみません」
と苦笑いして言うと、キッチンカウンターに戻った奏汰は、適当にグラスにリキュールと市販のオレンジジュースを注ぎ、呑んでいた。

 ……自分のは適当なんだな。

 やはり、相当お疲れらしい、と思ったつぐみは、目の前のローテーブルにグラスを置いて立ち上がる。

「編み物すると、肩こるでしょう?
 ツボ、押しますよ」
と両手でツボを押す仕草をしながら、笑って見せた。

 この間、眠らせるためのツボを調べているとき、肩こりに効くツボも見ていたのだ。

 そうか、すまん、と言った奏汰は、
「じゃあ、俺もあとで押してやる」
と言う。

 妻のために疲れているのにカクテルを作ってくれる夫。

 夫のためにツボを押す妻。

「なにか思い合っている夫婦のようですね」
としみじみ言うと、

「違うのか……」
と奏汰が呟いていた。

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