眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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社長、横恋慕かもしれません

……今度はなにを始めた?

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 土曜日。

 いつもは奏汰が帰って来る前に編んでいるのだが、お休みの日だったので、食事後、ソファに座り、つぐみは、せっせと編み物をしていた。

「……今度はなにを始めた」
と前を通り過ぎようとした奏汰が、警戒したように見ながら訊いてくる。

「編み物です。
 そろそろ寒くなりますから」
と言うと、胡散臭げに、

「……誰のだ、それは」
と問われた。

 お父さんのか、と訊かれ、

「お父さんにこんな派手なのあげたら殴られます。
 だいたいあの人、私が小学生の頃、一生懸命父の日に編んであげたマフラーを――」

「待て。
 父の日って、六月だろ」

 これから夏に向かうのにいるわけないだろ、そんなもの、と言われてしまう。

「そうですね。
 しかも、その年は梅雨もなんだか蒸し蒸しして、編むのも暑かったのに」
と言って、阿呆なのか、と言われる。

「お父さんは、ああ、ありがとう、ありがとう、と心ない返事を繰り返し、ずっと箪笥にしまっています」

 きっと、シンプルライフとか言って、ごっそり捨てたものの中にあるに違いありません、と言うと、

「いや、娘にもらったものは、もったいなくて身につけられないのかもしれないぞ」
と慰めてくれるが。

「そんな父ではありません。
 貴方もそのうちわかります」

 だって、その大事な娘も、こうして、簡単に貴方に譲り渡してしまったではないですか。

 私の意見も聞かずに、ご機嫌で、と思っていた。

 

 そのうちわかります、と言ったあと、せっせと編み続けるつぐみを奏汰は見ていた。

 ……誰のなんだ、それ、と思う。

 父親のではない。

 男物のような色合いだが、意外に渋い趣味かもしれない。

 自分のかもな。

 寒がりなようだし。

 俺に編んでくれる義理はないだろうし。

 いや、婚約者なのに義理はないってのもおかしな話だが、と思いながら、黙って前から見下ろしていたが、

「待て。
 おかしくないか? そこ」
とつい、口を出してしまう。

「え? 何処がですか?」
とつぐみが顔を上げた。彼女はソファの上に広げている編み図を見ながら編んでいたのだが。

 なんとなく見ていたそこに書かれている記号と明らかに違う気がしたのだ。

「編み図を見ろよ」
と言うと、

「よくわからないんですよ、編み図。
 宝の地図より判別しづらいですー」
と主張してくるので、いや、お前には、解読できた宝の地図があるのか、と思ってしまった。

 編み図を取り、側に座る。

「此処、違うだろ。ちょっと解け」
と編みかけの渋い草色のセーターっぽいものを指差す。

「あー、はい」
と素直に解いたつぐみに、

「何処突っ込んでんだ、こっちだろ」
と言うと、つぐみは、

「ああ、はい。じゃあ」

 こう突っ込んでー、こう突っ込んでー、と確認のためか、口に出して言いながら、編んでいた。

 横からそれを監視しつつ、編み図で確認し、時折、叱る。

 すると、ふと気づいたように、つぐみは顔を上げて訊いてきた。

「奏汰さんは編み物したことがあるんですか?」

「あるわけないだろ。
 そこに広げて本置いてるからだ。

 これ、親切に、なにか編みがどういう編み方か写真入りで載ってるだろ。

 記号とその意味も。

 わからない方がおかしいだろうが」

 へえー、と言ったあとで、また、つぐみは、こう突っ込んでー、こう突っ込んでーと始める。

 吸ってー、吐いてー、と呼吸法をやってるみたいだな、と笑ったとき、
「あれっ?」
と言いながら、本を持っている自分につぐみがにじり寄り、編み図を覗き込んできた。

 当たってる。
 当たってるぞ。

 肩が当たってるっ!

 って、何故、俺が緊張せねばならんのだ。

 なんの役目も果たさない婚約者に側に寄られたくらいでっ。

 いつもなら飛んで逃げるつぐみは編むのに夢中なのか、特になにも思ってはいないようだった。

 もう俺に慣れたとか?

 飽きたとか?

 ずっと側に居るから、ソファの一部みたいに興味なくなったとかっ?

 って、なんで俺がそんな心配しなくちゃならないんだっ。

 俺だけ動揺してっ。

 俺だけ莫迦みたいじゃないかっ。

 横で素知らぬ顔で、せっせと編んでいるつぐみが無性に憎たらしくなってくる。

「貸せっ」
と編みかけのセーターを取り上げた。

 ああっ、という顔でつぐみが手を伸ばす。

「なんで貴方が編むんですかーっ」

 返してっ、返してくださいーっ、と腕にしがみついてくる。

 不用意に触れてくるなーっ、と思いながら、
「お前が何度も間違うからだ、貸してみろっ」
と叫んでいた。

 西和田さんが見ていたら、なにやってんですか、というところだろうな、と思いながら。


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