眠らせ森の恋

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
40 / 58
社長、横恋慕かもしれません

王子様がなんの努力もなしに向こうから来てくれたら、言うことない

しおりを挟む
 
 目覚ましが鳴ってる……。

 止めなくちゃ、と目を開けたつぐみの顔の前に奏汰の腕時計が転がっていた。

 自分のものとはまるで違う、ごつくて大きな腕時計に、それがはまっている奏汰の手を思う。

 男と女ってこんなに違うんだな。

 ……っていうか、その手が私の身体に回っている気がするんだが。

 気のせいだろうか……。

 後ろから奏汰に抱き締められる感じで眠っていたようだ。

「止めろ、目覚まし」
と耳許で声がする。

 ひゃっ、とつぐみは身をすくめた。

 奏汰の腕がつぐみの耳の横を通り、アラームが鳴っている腕時計を取る。

「あ、じっ、時間ですねっ。
 起きないとっ」
と起き上がろうとしたが、肩を押さえつけられる。

「起きないと――」

 また押さえつけられた。

「お、起きない……」

 強い力で押さえられ、身動きできない。

 すると、奏汰が後ろで笑い出す。

「カメみたいだな」

 カメ!?

「カメが甲羅から首を出そうとして、うまくいかないで、ひょこひょこしてるみたいだ」

 ……乙女を例える言葉として、どうかと思いますが、と思っている間に、奏汰の腕がもう一度、身体に回る。

 ああっ。
 触れないでくださいっ。

 お腹の辺とかっ。

 最近、食べ過ぎなのでっ、といろんな意味で慌てていると、
「キスしてくれたら、放してやろう」
という奏汰の声が耳許でした。

「いやあのっ、そんなふしだらなっ」
と俯き叫ぶと、

「いや……もう、ほとんど夫婦だよな、俺たち」
と奏汰は言ってくる。

 ……いや、それはどうですかね? と思っているつぐみの顎に触れ、自分の方を向かせると、奏汰は、そっと口づけてきた。

 そのまま極自然に上に乗ってくる。

 なんだろう。
 逃げられない……。

 ずっと奏汰さんの視線に捕らえられているからだろうか……?

 動けないまま、奏汰を見つめていると、奏汰は、ふっと笑い、もう一度、キスしてこようとした。

 だが、その瞬間、自分のスマホのアラーム音が一階から鳴り響いた。

 普段よく聞くその音に、正気に戻ったつぐみは慌てて奏汰をはねのけ、飛び起きる。

「あ、危うく間違いを犯すところでした……」

「いや……犯していいんじゃないか? 間違い」

 この後に及んで往生際の悪いつぐみに、奏汰はそう呟いていた。


「なあに?
 今度は編み物? まだそんなに寒くないわよ」

 食後に、料理の本を読んだり、不眠の本を読んだりしていたつぐみが、今度は編み物の本を読み出したので、呆れたように英里が言ってきた。

「でも、編むの時間かかりそうですし」

 ふーん、とつぐみの本を横から眺めていた英里が、
「図書館って、いろんな本があるのね」
と呟いたあとで、二人の視線に、なによっ、と赤くなる。

「わかってるわよっ、いろいろあるのはっ。

 でも、小学校のとき、社会科見学で連れてかれたのと、友だちが図書館のウォータークーラー飲みに行こうって言ったの以外で行ったことないわよ。

 文句あるっ?」
と英里は一息に言ってきた。

 いや、卒論のときは、どうしてたんですか……とちょっと思ったが。

「面白いですよ、図書館。
 一冊探してるうちに、その本の周囲とか、間違えて探したとことかで、面白いのいっぱい見つかります。

 この間、久しぶりに、眠り姫とか読んでみたんですけど。
 子どもの頃とは感じ方がまた違いますよね」
とつぐみが笑うと、英里は、

「あんなご都合主義的な話ないわ。
 寝てる間にキスしてくるのなんて、ヤバイ変態だけよ」
と切って捨てる。

 いや、まあ、そうなんですけどね……。

「だいたい、どんな素敵な人だって、断りもなく、いきなりキスしてくるなんてどう?」

 まったくですよ。
 貴方の西和田さんとか、と思っていると、

「でも、いいなあ」
と頬杖ついて聞いていた正美が言い出した。

「王子様がなんの努力もなしに向こうから来てくれたら、言うことないですよ」

 いや、どんなに素晴らしい王子様でも、いきなり結婚しよう、と言われて戸惑わないなんてことはないです。

 そう思いながら、つぐみは編み物の本に目を落とす。

 ……いやいや、奏汰さんが理想の王子様というわけではないのですが。

 随分荒々しいですし。

 でも、昨日みたいなことされると、やさしいなって思うし。

 昨日とか、今朝起きたときみたいに見つめられると、どきどきしてしまうし。

 何故、俺のものにならないんだ、とか問われると、本当に、なんでだ? と自分で思ってしまうし。

 なんで―― 

 なんでなんでしょうね?

 初めてだから?

 怖いから?

 それとも、こんな夢みたいなことがあるわけないと思って。

 その夢に溺れた途端、目が覚めてしまうのが怖いから――?


 その日、何故か、猛烈な勢いで流れていく川に落ち、岩にしがみついている夢を見た。だが、その岩は濡れた苔でぬるぬるなのだ。

 今にも手が離れそうだ、と思っていると、
「なにやってるんだ、つぐみっ」
と背後から声がする。

 必死にしがみつきながら振り返ると、両手を広げ、濁流を物ともせず立っている奏汰が、
「来いっ」
と言っていた。

 あそこに行ったら助かる。

 安全だ。

 そう思いながらも、何故だかその手を離せないでいた――。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】 応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました! ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. 疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。 ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。 大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。 とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。 自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。 店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。 それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。 そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。 「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」 蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。 莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。 蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。 ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. ※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。 ※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...