眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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社長、横恋慕かもしれません

本当に手段を選ばない人だ……

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「……お、俺が殺されるかと思った」

 ようやくつぐみから解放された西和田が言う。

 だが、
「お前がスパイになれよ」
と言う西和田に、スパイのはずなのに、あっさり白状させられた。

「なんだ。
 社長にキスされたから落ち着かないとか。

 意外と簡単な女だな。

 っていうか、その年で初めて、というか。
 一緒に暮らしてるのに、初めて、というのにビックリしたぞ」

 今、殺されそうになったはずの西和田は腕を組み、偉そうに言ってくる。

「いや、キスなんて……。
 ちょっと触れたくらいで、逃げてしまったので」
と赤くなりながら言うと、西和田はいきなり立ち上がる。

「くだらない話だ。
 時間の無駄だったな」

「あっ、自分の仕事に関係ないと思うと、相談にも乗ってくれずに投げ捨てるなんてっ」
と立ち上がると、西和田は、パイプ椅子に手をかけた体勢のまま、

「どう相談に乗れというんだ」
と切って捨てるように言ってくる。

 うう。
 まあ、確かに、と思っていると、そのまま出て行こうとした西和田が、ふいに振り返り、

「あ、そうだ。秋名」
と言ってきた。

 はい? と顔を上げると、肩をつかんで、壁に押し付け、キスしてくる。

 奏汰のように軽く触れるなどと言うものではなかった。

 な、長い長い長いーっ。

 慌てて押し返そうとしたが、西和田は奏汰のようにやさしくはなかった。

 しばらくして少し離れた彼が訊いてくる。

「どうだ?」

「は……は?
 どうだって?」

「社長にされたときと同じくらい落ち着かない気分になったか?」

「え、えーと。
 それはこういうことされたら、落ち着かなくなるんじゃないですか?」

「社長とどっちが?」

 ちょっと真面目に考えてみた。

「……社長、ですかね?」
と小首を傾げる。

 奏汰の方が、ほんのちょっと触れただけだったのに、と思っていると、西和田は、
「じゃあ、それはなんでなのか三枚くらい報告書に書いてこい」
と言う。

 は? と思っていると、少し怒った風に、
「それ、俺じゃなくて、社長に提出しろよ」
と言って出て行った。

 死んでも嫌です……。

 それにしても、本当に手段を選ばない人だ、と思いながら、見送った。

 

 つぐみが部署に戻ると、すぐに英里が来たので、ぎくりとする。

 西和田にされたことを英里が知ると怒るだろうなと思ったからだ。

 しかも、英里は、
「あんたまたなにやったのよ」

 あんなに怒った西和田さん久しぶりに見たわ、と心配してくれる。

 西和田さん、やりすぎですよっ、と思いながらも、英里に感謝し、抱きついた。

「今日、奢らせてくださいっ」

「は? なんなのよ、あんたはっ」
と言いながらも、英里は満更嫌そうでもなかった。



「今日、奢らせてくださいっ」
と言いながら、英里に抱きついているつぐみを見ながら、西和田は、なにやってんだ、と思っていた。

 だいたい、幾ら西和田さんでもってなんだ?

 スパイに腹を割るな、おかしな奴だ。

 そう思ったとき、社長が入ってきた。

 いつのものような愛想の良い作り笑いがなんだかすぐには出なかった。

 あの重箱弁当を思い出していたからかもしれない。

 普段は給食なので、運動会やたまの遠足などのとき、子どもの好きなものを詰め込みすぎて、作りすぎると言っていた姉の言葉を思い出す。

 愛情がたっぷり過ぎて、重箱にまでなっていたつぐみの作ったあの弁当。

 ……まあ、何故、あんな山盛り弁当になってしまったのか、本人たちは気づいていないようだから、黙っていよう、と思いながら、西和田は社長に軽く会釈し、仕事に戻った。

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