37 / 58
社長、横恋慕かもしれません
無理強いはしない
しおりを挟む部屋に戻ったつぐみは、此処へ来るとき持って来たトランクをドアの前に置いた。
本当なら棚とか動かして開かないようにしたかったのだが、それらを動かすような力はなかった。
でも、これなら、奏汰さんが入って来ようとしたら、トランクが倒れるからわかるはず。
よしっ、と思った瞬間、いきなり、ドアが外に開いた。
「つぐみ」
足音もなく立っていた奏汰に、つぐみは、ひーっ、と息を呑む。
「……なにやってるんだ」
と奏汰は足許にあったトランクを見て言ってくる。
ひょいとそれを跨いで、入ってきた。
そうだ……。
外開きだった、このドア、と自分の粗忽さを呪いながら、トランクを見ているつぐみの頭の上で、奏汰が、
「逃げるな。
無理強いはしない」
と言ってくる。
いやっ、しましたよねっ、今っ、とつぐみは身構える。
「本当だ」
と言う奏汰は本当にそれ以上、入っては来なかった。
「始まり方が気に入らないのはわかる。
でも、俺はお前が――」
……お前が?
「お前が――」
と言いかけ、奏汰は黙る。
お前がっ!?
とつぐみは思わず、身を乗り出していた。
「お前が迫ってきてどうする」
と奏汰は溜息をつき、つぐみの額を掌で押し返してきた。
「ともかく」
あ、話変えた。
「別に誰でもよかったわけじゃないんだ。
信じてくれ、おやすみ」
とだけ言って、帰っていってしまった。
お前がっ!?
とまだ思いながら、廊下に顔を覗けて、つぐみは去っていく奏汰を見送った。
お前が――
なんなんだろう。
お前がめんどくさいんだ。
お前が不気味だ。
お前が――
お前がなんなんだーっ!?
と飛び込んだベッドの中で、布団に頭を突っ込み、つぐみは一晩中、考え込んでいた。
部屋に戻った奏汰は考える。
お前が――
なんだったんだろうな?
思わず言いそうになったが、なにを言おうとしたのかはわからない。
いや、素直に認めたくないというか。
そうかなーと思いつつも、認めると負けた感じがするというか。
つぐみ……。
さっきまで、つぐみが座っていた場所がまだ温かい気がした。
そこに頭をのせる。
目を閉じると、つぐみの怪しい賛美歌が聞こえてくる気がした。
つぐみ……。
俺はお前が――
その先を、夢の中、塔の上から降りてくる気のないつぐみに言いながら、奏汰は眠りに落ちていた。
「どうした? 寝不足そうだな」
会社に行くと、つぐみは西和田にいきなりそう言われた。
「はあ、なんだかいろいろありまして」
少し考えていた西和田は、
「秋名っ」
といきなり叱りつけるようにつぐみの名を呼んだ。
「ちょっと来い」
その目つきに、出会った頃の西和田のようなよそよそしさと警戒心を感じて、ひっ、と思う。
そのまま秘書室から少し離れた小会議室に連れていかれる。
秘書室を出るとき、おっ、また、秋名が叱られるのか? とからかい半分みんなが見ているなか、英里はなんだか心配そうな顔をしていた。
「入れ」
と小会議室のドアを開けた西和田に言われ、
「し、失礼します」
とつぐみは緊張して中に入る。
しかし、釈然としないな、と思っていた。
朝の気分よりももっと。
ちょっと寝不足だったと言っただけで、何故に私は叱られるのでしょうか、と思っていると、西和田はどっかりとホワイトボードの前に座り、
「座れ」
とつぐみにも言った。
「は、はい」
とかなり離れて、戸口付近に座ると、
「何故、そんなに離れる?」
と問われた。
……逃げられるようにです、と思ったが、学校の部活ではないのだ。
叱られている途中で逃げ出したら、怒られる、では済まないだろうな、と思っていたら、西和田は、突然、いつもの口調で、
「で、なんで、寝不足なんだ?」
と身を乗り出し、訊いてきた。
おや? と思っている、つぐみのきょとんとした顔を見、
「なんだ、俺が怒ってると思っていたのか」
そうじゃない、と言う。
「お前を此処に呼び出すのなら、叱る感じがいいだろうなと思って」
緊張していた分、行き倒れそうになる。
いやいやいやっ。
めちゃめちゃ身構えてしまったではないですかっ。
「リアル過ぎです~」
と文句を言うと、西和田は、ははは、と笑い、
「で、なんで、寝不足なんだ?」
と改めて訊いてきた。
「スパイ活動熱心ですね……」
自分がいろいろありまして、と言ったので、いろいろとは社長のことだろうと思って訊いてきたのだろう。
「でも、これは幾ら西和田さんでも話せませんね」
怒られないのならいいや、という安心感もあり、ぷい、と顔を背けると、西和田は、
「そうか」
と言って立ち上がり、いきなり、ドアを開けて叫ぼうとした。
「此処に社長の奥さんが――っ」
うっ、と西和田が声を上げる。
思わず、横から腹を殴っていた。
「なんだ、その素早さ。
お前こそ、何処の暗殺者だっ」
と言われるその間にも、後ろからその口を塞ぐ。
離せーっ、と叫ぶ西和田の横から、ぱたんとドアを閉めた。
2
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜
四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】
応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。
ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。
大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。
とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。
自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。
店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。
それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。
そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。
「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」
蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。
莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。
蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。
※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。
リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜
ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。
イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。
8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。
※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。
とまどいの花嫁は、夫から逃げられない
椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ
初夜、夫は愛人の家へと行った。
戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。
「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」
と言い置いて。
やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に
彼女は強い違和感を感じる。
夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り
突然彼女を溺愛し始めたからだ
______________________
✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定)
✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです
✴︎なろうさんにも投稿しています
私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ
蛇のおよずれ
深山なずな
キャラ文芸
平安時代、とある屋敷に紅姫と呼ばれる姫がいた。彼女は非常に美しい容姿をしており、また、特殊な力を持っていた。
ある日、紅姫は呪われた1匹の蛇を助ける。そのことが彼女の運命を大きく変えることになるとは知らずに……。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる