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社長、横恋慕かもしれません
俺の悩み事はお前だ
しおりを挟む家に帰り、ゆったりと大きなソファに寝転がり、ぼんやり本を眺めていたら、奏汰が帰ってきてしまった。
「あっ、お帰りなさい。
早かったんですね」
すみません。
まだ、なにもしてません、とつぐみが言うと、側に来た奏汰が、
「またなに読んでたんだ?」
と胡散臭げに訊いてくる。
だが、今日は見せられないような本ではなかった。
伏せてある本の表紙を奏汰が見る。
「……眠り姫?」
「ちょうど近くにあったので」
と言うと、なんの近くだという顔をされる。
いや、図書館に、ちょうど眠れない貴方に、というコーナーが出来ていて、そこからいろいろ借りてきていたのだが。
綺麗なお姫様が目を閉じている表紙を見ながら、目を閉じたら綺麗なの、うちの場合、奏汰さんの方だけどね、と思っていた。
「いいですよね。
百年眠ったら、愛する相手が目の前に現れてるなんて」
と呟いてしまう。
「たまには俺が料理してやろうか」
なにを思ったか、奏汰がそんなことを言ってきた。
ええーっ? と声を上げると、
「……不満なのか」
と言ってくる。
「いえ、料理くらいしないと妻の役目をまるで果たしてないかな、と思いまして」
と言うと、無言で見つめてきた。
……果たす気あったのか? という顔だった。
お言葉に甘えて、奏汰に料理してもらうことになった。
だが、ソファに座って本を読んでいても落ち着かない。
やっぱり、社長に料理させて座ってるのってなんだかな、と思って、腰を浮かしかけると、奏汰に睨まれる。
……はい、と腰を下ろした。
いい匂いがしてきたが何故、男はニンニクとオリーブオイルが好きなのだろうかな、と思う。
父親も兄も弟も、料理をするといえば、ニンニクとオリーブオイルだ。
なかなかに美味しそうなペペロンチーノとガーリックライスが出来上がった。
でも、ニンニクばっかりですよ、社長ーっ、と絶叫しそうになる。
「さあ、食べろ」
とカウンターから威張ったように言われ、……はい、と椅子を引きながら、ニンニクの匂い消しに、緑茶飲んで、林檎食べようっと、と思っていた。
食事のあとは二人で片付けた。
それから、ソファに並んで、つぐみは本を読み、奏汰はまたニュースを見ていた。
番組が終わっても起きている奏汰に、つぐみは、
「寝ないんですか?」
と訊いてみた。
テレビを見たまま、
「寝ない」
と言ってくる奏汰に、ニンニクたっぷり食べたからかな……と思う。
「不眠ですか?」
と訊くと、
「違うと言うのに」
と言って、奏汰はこちらを振り向いた。
その顔の近さに、そういえば、いつもより近くに座っていたな、と気づき、ソファの端にクッションを抱えて移動する。
離れた位置からつぐみは言った。
「眠れないのは心にストレスがあるからかもしれません」
つぐみは怪しげな本を手に言い出す。
「さあ、悩み事があるなら、打ち明けてください」
阿呆か、という顔をした奏汰に、
「ない。
あるとすればお前だ」
と言われてしまう。
なんでだ、と思いながら、つぐみは部屋の隅に行き、取っておいたダンボールを持ってくる。
「王様の耳はロバの耳になってしまうといけないので、では、人に言えないことなら、このダンボールに向かって」
と言ってみたのだが、すぐに、
「却下だ」
と言われてしまう。
そこで、少し考える風な顔をした奏汰は、
「そうだな。
悩みはあるかもしれないな」
と言い出した。
「じゃあ、今から寝るから、お前、手を握っててくれ。
落ち着くから」
ええっ? と思っていると、よし、寝よう、と手首をつかまれ、引っ張られる。
そのまま奏汰のベッドに連れて行かれた。
広いベッドに奏汰は横になる。
「お前も寝ろ」
と言われた。
「い、いえ、その。
私は起きてます」
と言うと、手を握りにくいだろ、と言われる。
「だ、大丈夫です。
でも、上がるのは上がらさせてもらいます」
では、失礼して、とつぐみはベッドにそっと上がり、奏汰の枕許に腰を下ろした。
まだ奏汰はつぐみの手首を握っている。
「あの、手を握るんじゃなかったんですか?」
と言うと、おお、そうだったな、と奏汰はつぐみの指に指を絡め、握り直してくる。
いや、やれ、という意味ではなかったのですが……。
どちらかと言えば、はずして欲しかったんですよ。
恥ずかしいから……とつぐみは俯く。
ただ枕許に座っているのも間が持てないので、
「あのー、なんで男の人はニンニク好きなんですか?」
と訊いてみた。
奏汰からは、
「だって、美味いじゃないか」
という端的な言葉が返ってくる。
いやまあ、そうなんですけどー。
女性ほど匂いとか気にしないからだろうかな、と思いながら、
「私もニンニク料理好きなんですけど。
結構料理すると、手に匂いついて取れないですよね。
いつか、お母さんの趣味の家庭菜園で大量にトマトが取れたとき、パスタ用のトマトソース、大量に作ったんですけど。もう寝てても寝ててもニンニクです」
と言って、手の甲を嗅ぐ真似をして見せると、奏汰は笑い、
「俺もだ」
と言って、つぐみの鼻と口に手の甲をぶつけてきた。
いてっ、と言って奏汰を見ると、奏汰が笑う。
一緒に暮らすようになっても、いつも構えているような奏汰の気を許した笑顔にどきりとしてしまった。
「……つぐみ」
「はい」
「なんで俺のものにならない?」
ストレートにそう言われて、つぐみは言葉に困る。
でも、このままなにも言わずに逃げるのも違う気がして、今日は目はそらさずに、奏汰を見た。
「俺が気に入らないのか」
「違います」
と言うと、意外そうな顔をする。
「社長のことは素敵な人だな、と思ってましたし。
こうしていても、正直嫌じゃないです。
でも、違うなって思うんです」
「何故だ?
まさか、眠って目を覚ましたら、理想通りの王子様が現れるとか思ってるわけじゃあるまいな」
その歳で、という口調で奏汰は言ってきた。
「そんな夢みたいなことあるとは思っていません」
いや、もしかしたら、今がその状態なのかも、と思う。
だからこそ、信じられないし、なんだか許せない。
「奏汰さんは、誰でもよかったんですよね?
たまたまあの場に居て、白河さんと面識のない女なら」
私ではない新人さんがあの場に居たとしても、きっと、奏汰さんは同じことをして、同じことを言って。
もし、あのとき、自分がお茶を持って行かなかったら、今、此処でこうしていたのは、その子だったかもしれないのだ。
そう思うと、なんだか悲しくなってくる。
だが――
「そうでもないぞ」
と奏汰は言ってきた。
「誰でもよかったわけじゃない。
俺にも好みってものはある」
お前は最初から俺の好みだ、と奏汰は言う。
「でも、あの瞬間まで、社長からなんのアプローチもありませんでしたが」
「好みだな、とは思っていた。
だが、基本、秘書に対しては、そういう感情は抱かないことにしている」
いろいろとめんどくさいことが生じるからな、と言う奏汰を、過去、生じたことがあるのだろうかな、と疑わしげに見てしまった。
奏汰は天井を向き、目を閉じて。
「まあ、確かに、あのとき、あの場に居なかったら、声はかけてなかったかな、とは思う」
そう言ってきた。
そうですか、と少し寂しく言いかけると、こちらを向いて奏汰が言った。
「でも、俺はお前に声をかけた。
それが運命ってやつだろ。
なあ、キスしてみるか?」
物のついでのように奏汰は言ってきた。
「け、結構です」
慌てて、つぐみは逃げようとしたが、起き上がった奏汰に腕をつかまれる。
「してみよう、眠り姫。
してみたら、わかることもあるかもしれないぞ」
そう言ったあとで、奏汰は笑った。
「いや、眠らせ姫かな。
無理やり俺を眠らそうとするから」
と。
「……気づいてたんですか」
「いや……、気づいてない、という想定がそもそもおかしいだろ?」
バレバレだろ、と言ったあとで、腕をつかんだまま、自分を見下ろし、
「よし、するぞ」
と予告してくる。
いやいやいやいやっ。
今、いつもより顔が近いというだけで、これだけドキドキしてるのにっ。
キスとか無理ですっ、無理ーっ。
だが、奏汰は相変わらず、人の話は聞いてない。
しかし、思ったより、ゆっくりと口づけてきたので、つぐみは柔らかい奏汰の唇が軽く触れた瞬間に、もう突き飛ばしていた。
「むっ、無理ですっ、無理ですっ。
絶対、無理ーっ!」
つぐみの力で押し返せるはずもなかったのに押し返せたのは、恐らく、奏汰が力を緩めてくれたからだろう。
「おっ、おやすみなさいーっ」
とつぐみはベッドを飛び降り、自分の部屋へと逃げ帰る。
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