眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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社長、横恋慕かもしれません

社長に殺されそうだから

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「……いい。社長に殺されそうだから」

 そうつぐみに言って、西和田は給湯室から出て行った。

 廊下で英里に出くわす。

 あっ、西和田さんっ、と赤くなった英里を見、ま、これはこれで可愛いんだが、なにか違うんだよな、と思って見ていた。

 ちらとつぐみの居る給湯室を振り返る。

 つぐみは、いつも機嫌がいい。

 英里の嫌がらせも全く効力をなしておらず、英里の方が引きずられている感じだ。

 ああいう敵を作らないのが妻になったら、社長にとってもいい戦力になるだろうな。

 ああ見えて、人当たりもいいし。

 そう思いながらも、何故か専務に報告する気にはならなかった。

 専務がつぐみになにかするとも思えないのだが、なんとなく――。

「ねえ、あんた、今日、社食行く?」

 茶碗を片付けているつぐみに英里が訊いている声が聞こえてきた。

「私、今日お弁当なんです」
「なによ。金欠なの?」

 奢ってあげましょうかと言われている。

「そうだ。
 英里さんたちもどうですか、私のお弁当。

 いっぱい作ったんです」

「……危なそうだからいいわ」
と言われ、どういう意味ですか、とつぐみが言う。

「あんた、あっ、賞味期限、一年前の今日だったー! とかやりそうだから」

 ……微妙に似てるな、そのリアクション。

「でも、うちに一年前の食材なんてありませんよ」

 そう言い切るつぐみに、
「なんで?」
と英里が訊いている。

「いや、今の家、引っ越してあんまり経ってないからです」

 社長、今の家、取引先との付き合いで、最近、なんとなく建てた家だからな、と思っていると、ふーん、と言った英里は、

「じゃあ、私たちもコンビニ行くから、待ってなさいよ。
 いや、ついて来なさいよ」
と言う。

「あんた一人で食べたいの?」
と言われ、一瞬、止まったつぐみは、理解したようで、

「いえ」
と言って笑っていた。

 結構いいコンビだな、と思いながら、西和田は、その場を後にした。

 社員同士が息が合っている方が、連携が取れて、不測の事態に対処しやすくていい。

 いいことだ。

 去り際、英里の声が聞こえてきた。

「でも、引っ越しっていいわよねー。

 強制断捨離になるし、引っ越した直後は家も綺麗で、その状態を保とうとするじゃない」

 いや、引っ越さずとも片付けろ……と思って行きかけ、楽しげなつぐみの笑い声に、なんとなくまた振り返る。



 つぐみたちは、三人で空いている小会議室で食べたのだが、結局、おかずを見た英里たちが食べたそうにしたので、少し分けてあげた。

「あら、あんた意外な料理上手じゃない」

「でも、もうちょっとアレンジを加えられるといいんですけど。
 まだまだなので、とりあえず、きっちり、分量測ってレシピ通りにやってます」
と言うと、英里が、

「理科の実験みたいね」
と笑う。

 確かに、白衣を着て、フラスコを持って、やっているくらいの勢いだ。

「書かれている通りに正確にやれば、必ずぼちぼちな感じには仕上がるので、楽しいと言えば、楽しいですね」

 本来、ざっくりした性格なので、家では目分量もいいとこだったのだが、まずいものを奏汰に食べさせるわけにはいかないので、今はきちんと計測しながらやっていた。

 正美が笑い、
「だったら、お菓子作りに向いてるわよね。
 あれこそ、きっちり測るのがポイントだもんね」
と言ってくる。

「正美さんは得意そうですね、お菓子作り」

「あんた、それ、どういう意味?」
と英里に睨まれ、

 いや、英里さんが向いてないとか、ざっくりそうだな、なんて言ってないじゃないですか……、と思いながらも目をそらす。

 そうだ。
 料理と言えば、図書館で本借りてきたんだった、とご飯を食べたあと、持ってきていた本を見ていると、正美が、

「あら、なんの本読んでるの?」
と訊いてくる。

 英里が表紙を見、
「また料理の本?
 あんたの彼氏、料理にうるさいわね」
と言うが。

 いいえ、私が満腹にさせて、ぐっすり眠らせようとしているだけです、と思っていた。

「サイトで見た方がいいんじゃない?」
と正美が言ってくる。

「いいサイトありますか?」

「うーん。
 私は朝食のは見るけど、夜は外で食べることも多いからあんまり知らないかなあ」
と言いながら、一応、朝食の方は教えてくれた。

 おお。
 南国リゾートで出て来る食事のようだ。

 こんなの毎日食べてる人居るのか、と思い眺めたあとで、なんとなく、英里を見る。

 なによ、と英里は引き気味に言ったあとで、
「料理はしないからよく知らないわ」
と言ってきた。

「此処で料理することないじゃない。
 仕事でいらないものだから、わざわざ調べて頑張ったりしないわ」

 そう英里は言う。

 なるほど。
 合理的な人だ。
 一応、幾つかサイトを教えてくれながら、

「入った頃、私もあんたみたいにお茶淹れるの、ど下手くそで、よく専務がお茶残されてたんで、頑張ろうって思ったのよ」

 だから、お茶に関しては調べたけどね、と言ってくる。

 ふーん、と感心して聞いていた。

 だが、
「立派な方ですね、英里さん」
とうっかり言って、

「だから、なんでまた、あんた上から~っ」
と睨まれてしまう。

 ……いや、全然、上からなつもりはなかったのだが、と思いながら、廊下に出ると、隣りの会議室から西和田たちが出て来た。

 此処でお昼にしたらしい。

「お疲れさまですーっ」
と機嫌良く英里は言っていたが、声が大きかった部分は筒抜けだったらしい。

 横を歩きながら、西和田が小声で、
「上からでいいよな。
 社長夫人なんだから」
と言ってくる。

「……まだ結婚してません」

 西和田は、
「往生際悪いな」
と呟き、行ってしまった。

 往生際悪い、か。

 奏汰さんは、このまま本当に結婚する気なのだろうかな。

 愛もないのに、恩人さんのために?

 どうせ結婚なんて意味がないから、最初から誰でもいいと思ってたとか?

 奏汰さんに愛されたいとかいうわけじゃないけど。

 このまま結婚するって言うのも、なんだかちょっと納得できないな、とつぐみは思っていた。


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