眠らせ森の恋

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
33 / 58
いろいろと迷走中です

眠る前にいいお酒

しおりを挟む
 
 うちは駄目でもなうちにお父さん達が来ましたよ、と思いながら、つぐみは玄関で奏汰とともに、父親たちを出迎えた。

「お父さん、いらっしゃい」
 どうぞ、と奏汰の方がさっとスリッパを出す。

 うっ。
 出来るなっ、と思ったとき、奏汰がこちらを振り向き、ふっと笑った。

 何故、勝ち誇る……。

「どうぞ、お父さん、お母さん、お昼用意してますから」

 若い男前の婿に出迎えられた母親は、あら、まあまあ、とちょっと頬を赤らめ、嬉しそうだった。

 奏汰が二人をリビング兼ダイニングに通すと、
「あら、素敵」
と母親が声を上げる。

 完璧にテーブルがセッティングされていたからだ。

「はい、つぐみがやったんです」
と奏汰は花を持たせてくれるが。

 嘘です、奏汰さんがやったんです……と思っていると、父親がチラと、綺麗に形作られた桜色のナフキンを見ながら、

「つぐみの仕事じゃないな」
と呟いていた。

 うっ、さすが親っ。

 実は料理も半分、奏汰が作ってくれたのだ。

「お酒、なにを召し上がられますか?」
 奏汰は、カウンターで小粋に酒まで作ってくれる。

 他人の夫なら、いい旦那さんだな、と思うとこだが。

 なにか妻の面目丸つぶれだな、と拗ねていた。

 だが、本来、拗ねるべきところでないのはわかっている。

 奏汰がもてなしてくれているのは、自分の両親なのだから。

「まあ、素敵な旦那さんで、よかったわね、つぐみ」

 甘いカクテルを奏汰に作ってもらい、ほろ酔い加減で母が言う。

「そんなことないわ。
 奏汰さんは――」
となにか反論しようとしたが、悔しいことに、なにも思い浮かばない。

「奏汰さんは――

 私がせっかく、あげたイカにケチをつけるし」

 カウンターから、他に反論することなかったのか、という哀れんだ目で奏汰がこちらを見ていた。

 ない。

 残念ながら。

 だが、みんな、かなり酒が入ってきて、そのうち、暴露合戦になっていった。

「おかーさん、奏汰さんはね」
「いやいや、つぐみなんて」

「あら、お父さんなんてね」

「待て、何故、お前まで混ざっている」
と父親が母親を止めていた。

「お父さん、つぐみは、夕食のレパートリーが切れたからって、いきなりフランスの宮廷料理を」

 わあわあ揉めている自分たちを見て、滅多に笑わない父親が、何故か珍しく笑っていた。
 

 帰り際、小枝子が、
「心配してたけど、楽しそうね」
と言ってきた。

 ……楽しそうでしたか? と心の底から疑問に思い、母に問いたかったが、とりあえず、黙った。

 父親は、
「奏汰さん、つぐみをよろしくお願いいたします」
と改めて、深々と頭を下げていた。


 タクシーで帰る両親を笑顔で見送りながら、つぐみが、
せません」
と言うと、なにがだ? と奏汰が振り返る。

「お父さんは奏汰さんが気に入っているようです」

「なにが解せない。
 立派な婿じゃないか」

「自分で言う人にロクな人は居ないと思いますが」

 なにっ? と振り向いた奏汰に、
「でも……ありがとうございました」
と本気で感謝し、頭を下げると、うん、と奏汰は頷いていた。

「お酒まで作っていただいて」
と言うと、

「ま、お前の親だからな」
と言う。

 両親が帰り、奏汰と二人家に入り、鍵をかけた瞬間、ほっとしている自分に気がついた。

 変なもんだな、と思う。

 つい、この間まで、自分にとっての家族は両親たちだったし。

 家は、両親と暮らしていたあの家だったのに。

 今は此処が自分の家のように、ほっとしている。

「なにか呑むか」
 奏汰がそう訊いてきた。

 もう結構呑んだけど、とは思ったのだが、二人で呑んで、一息つきたいような気もしていた。

「……はい」
と笑って答える。

 カウンターに座ると、奏汰は手際よく卵を割っていた。

「疲れたときには甘いもの。
 ホットカクテルを作ってやろう」

「奏汰さん」
「なんだ?」

「なにかおつまみ作りますよ」
と言って、つぐみが立ち上がろうとすると、奏汰は、いや、いい、と言う。

「まだいろいろ残ってるだろ」

 でも、奏汰さんひとりを働かせるの、落ち着かないんだけどなーとちょっとソワソワしていると、奏汰はさっき、棚にしまったブランデーをまた取り出しながら、

「俺はお前にカクテルを作ってやるのが息抜きなんだ。

 こっちがなにかしてやりたいと思ったときには、黙ってしてもらっとけ。

 俺は、お前が美味しそうに呑んでくれれば、それでいい」
と言ってくる。

 そ、そういうものなのですか。
 ありがとうございます、と恐縮する。

 でも、確かになー。

 一生懸命作ったお料理を奏汰さんが美味しそうに食べてくれると、それだけで嬉しくなったりするもんなー、と思っているつぐみの目の前で、奏汰はさっきの卵に牛乳を混ぜ、火にかけていた。

 ホットミルクのような湯気がふわっと香る。

 落ち着くなあ、とつぐみは思った。

 学生時代、冬に家に帰って、リビングの扉を開けると、ストーブと夕餉ゆうげの匂いが部屋中に広がっていて、なんだか、ほっとしていた。

 あのときの感じに似ている。

「ミルクセーキみたいですね」
と白いミルクパンの中を覗き込みながら、つぐみは言った。

「そう。
 酒を入れなければ、ほぼミルクセーキだな。

 だから、懐かしい味がするぞ」

 木製のカップに入れて、奏汰はそのホットカクテルを出してくれた。

「エッグノッグはクリスマスの定番の酒だが。
 寝る前に呑むナイトキャップの酒としても有名だ。

 今日は疲れたろ。
 ぐっすり寝ろ」

「……ありがとうございます」

 いつも無理やり寝かしつけようとしている人からそんなことを言われて、なんだか申し訳ない気分になりながら、一口いただく。

 やさしくて、懐かしい味だ。

 子どもの頃とか家族とかを思い出すけど。

 子どもの頃飲んだミルクセーキとは違う味も入っている。

 ブランデーだ。

 なんとなく奏汰を見た。

「なんだ?」
と自分もカウンターの向こうでエッグノッグを呑んでいる奏汰がこちらを見る。

 懐かしい味に新しい味が混ざっているけど、それはそれで美味しいな、と思ったとき、家族が増えてくのって、こんな感じなのかなと思った。

 だが、それは口には出さずに、
「いやー、温かいものと甘いものって疲れてるとき、身体に染み渡りますよね」
と笑うと、だろう? と奏汰は勝ち誇る。

「でも、変ですよね」
と柔らかい色合いのエッグノッグを見ながらつぐみは言った。

「楽しかったけど。
 自分の両親が来るのに、緊張して身構えるとか」

「いや……、俺も自分の親が此処に来たら、身構えるかな」

 少し考えながら、奏汰も言う。

「もう此処が自分の家で、日常ってことだろ」

 そう言って、奏汰はソファの方に行ってしまった。

 温かいエッグノッグを両手で包むように持ったまま、なんとなく奏汰を目で追っていると、奏汰は、一息ついてなにか見ようと思ったのか、HDDレコーダーを動かしていた。

「つぐみ、なにいっぱい録画してんだ」

 全部料理番組じゃないか、と言う。

「しかも、なんで、すべてNHK……」

蘊蓄うんちくがあるのが好きなんです。
 ああ、これはこれに効くんだな~と思いながら、作って食べさせたいと言うか」

 食べさせたい、と口にしたとき、すぐに、目の前に居る奏汰の姿が頭に浮かんだ。

 まあ、他の人のために料理作ってあげたことあまりないもんな、と言い訳のように思っていると、奏汰は勝手にリモコンで録画してある料理番組を検索しながら、

「おっ。これなんかいいじゃないか」
と言ってきた。

 天然木の曲げわっぱのお弁当箱に入ったお弁当が画面に出ていた。

「お弁当ですよ、それ」
と言うと、奏汰はテレビを見たまま、

「作って来い」
と言ってきた。

 は?

「明日じゃなくてもいいから、近いうちにお弁当作ってこい」
とその番組を再生しながら、奏汰は言う。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】 応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました! ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. 疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。 ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。 大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。 とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。 自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。 店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。 それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。 そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。 「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」 蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。 莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。 蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。 ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. ※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。 ※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...