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いろいろと迷走中です
眠る前にいいお酒
しおりを挟むうちは駄目でもなうちにお父さん達が来ましたよ、と思いながら、つぐみは玄関で奏汰とともに、父親たちを出迎えた。
「お父さん、いらっしゃい」
どうぞ、と奏汰の方がさっとスリッパを出す。
うっ。
出来るなっ、と思ったとき、奏汰がこちらを振り向き、ふっと笑った。
何故、勝ち誇る……。
「どうぞ、お父さん、お母さん、お昼用意してますから」
若い男前の婿に出迎えられた母親は、あら、まあまあ、とちょっと頬を赤らめ、嬉しそうだった。
奏汰が二人をリビング兼ダイニングに通すと、
「あら、素敵」
と母親が声を上げる。
完璧にテーブルがセッティングされていたからだ。
「はい、つぐみがやったんです」
と奏汰は花を持たせてくれるが。
嘘です、奏汰さんがやったんです……と思っていると、父親がチラと、綺麗に形作られた桜色のナフキンを見ながら、
「つぐみの仕事じゃないな」
と呟いていた。
うっ、さすが親っ。
実は料理も半分、奏汰が作ってくれたのだ。
「お酒、なにを召し上がられますか?」
奏汰は、カウンターで小粋に酒まで作ってくれる。
他人の夫なら、いい旦那さんだな、と思うとこだが。
なにか妻の面目丸つぶれだな、と拗ねていた。
だが、本来、拗ねるべきところでないのはわかっている。
奏汰がもてなしてくれているのは、自分の両親なのだから。
「まあ、素敵な旦那さんで、よかったわね、つぐみ」
甘いカクテルを奏汰に作ってもらい、ほろ酔い加減で母が言う。
「そんなことないわ。
奏汰さんは――」
となにか反論しようとしたが、悔しいことに、なにも思い浮かばない。
「奏汰さんは――
私がせっかく、あげたイカにケチをつけるし」
カウンターから、他に反論することなかったのか、という哀れんだ目で奏汰がこちらを見ていた。
ない。
残念ながら。
だが、みんな、かなり酒が入ってきて、そのうち、暴露合戦になっていった。
「おかーさん、奏汰さんはね」
「いやいや、つぐみなんて」
「あら、お父さんなんてね」
「待て、何故、お前まで混ざっている」
と父親が母親を止めていた。
「お父さん、つぐみは、夕食のレパートリーが切れたからって、いきなりフランスの宮廷料理を」
わあわあ揉めている自分たちを見て、滅多に笑わない父親が、何故か珍しく笑っていた。
帰り際、小枝子が、
「心配してたけど、楽しそうね」
と言ってきた。
……楽しそうでしたか? と心の底から疑問に思い、母に問いたかったが、とりあえず、黙った。
父親は、
「奏汰さん、つぐみをよろしくお願いいたします」
と改めて、深々と頭を下げていた。
タクシーで帰る両親を笑顔で見送りながら、つぐみが、
「解せません」
と言うと、なにがだ? と奏汰が振り返る。
「お父さんは奏汰さんが気に入っているようです」
「なにが解せない。
立派な婿じゃないか」
「自分で言う人にロクな人は居ないと思いますが」
なにっ? と振り向いた奏汰に、
「でも……ありがとうございました」
と本気で感謝し、頭を下げると、うん、と奏汰は頷いていた。
「お酒まで作っていただいて」
と言うと、
「ま、お前の親だからな」
と言う。
両親が帰り、奏汰と二人家に入り、鍵をかけた瞬間、ほっとしている自分に気がついた。
変なもんだな、と思う。
つい、この間まで、自分にとっての家族は両親たちだったし。
家は、両親と暮らしていたあの家だったのに。
今は此処が自分の家のように、ほっとしている。
「なにか呑むか」
奏汰がそう訊いてきた。
もう結構呑んだけど、とは思ったのだが、二人で呑んで、一息つきたいような気もしていた。
「……はい」
と笑って答える。
カウンターに座ると、奏汰は手際よく卵を割っていた。
「疲れたときには甘いもの。
ホットカクテルを作ってやろう」
「奏汰さん」
「なんだ?」
「なにかおつまみ作りますよ」
と言って、つぐみが立ち上がろうとすると、奏汰は、いや、いい、と言う。
「まだいろいろ残ってるだろ」
でも、奏汰さんひとりを働かせるの、落ち着かないんだけどなーとちょっとソワソワしていると、奏汰はさっき、棚にしまったブランデーをまた取り出しながら、
「俺はお前にカクテルを作ってやるのが息抜きなんだ。
こっちがなにかしてやりたいと思ったときには、黙ってしてもらっとけ。
俺は、お前が美味しそうに呑んでくれれば、それでいい」
と言ってくる。
そ、そういうものなのですか。
ありがとうございます、と恐縮する。
でも、確かになー。
一生懸命作ったお料理を奏汰さんが美味しそうに食べてくれると、それだけで嬉しくなったりするもんなー、と思っているつぐみの目の前で、奏汰はさっきの卵に牛乳を混ぜ、火にかけていた。
ホットミルクのような湯気がふわっと香る。
落ち着くなあ、とつぐみは思った。
学生時代、冬に家に帰って、リビングの扉を開けると、ストーブと夕餉の匂いが部屋中に広がっていて、なんだか、ほっとしていた。
あのときの感じに似ている。
「ミルクセーキみたいですね」
と白いミルクパンの中を覗き込みながら、つぐみは言った。
「そう。
酒を入れなければ、ほぼミルクセーキだな。
だから、懐かしい味がするぞ」
木製のカップに入れて、奏汰はそのホットカクテルを出してくれた。
「エッグノッグはクリスマスの定番の酒だが。
寝る前に呑むナイトキャップの酒としても有名だ。
今日は疲れたろ。
ぐっすり寝ろ」
「……ありがとうございます」
いつも無理やり寝かしつけようとしている人からそんなことを言われて、なんだか申し訳ない気分になりながら、一口いただく。
やさしくて、懐かしい味だ。
子どもの頃とか家族とかを思い出すけど。
子どもの頃飲んだミルクセーキとは違う味も入っている。
ブランデーだ。
なんとなく奏汰を見た。
「なんだ?」
と自分もカウンターの向こうでエッグノッグを呑んでいる奏汰がこちらを見る。
懐かしい味に新しい味が混ざっているけど、それはそれで美味しいな、と思ったとき、家族が増えてくのって、こんな感じなのかなと思った。
だが、それは口には出さずに、
「いやー、温かいものと甘いものって疲れてるとき、身体に染み渡りますよね」
と笑うと、だろう? と奏汰は勝ち誇る。
「でも、変ですよね」
と柔らかい色合いのエッグノッグを見ながらつぐみは言った。
「楽しかったけど。
自分の両親が来るのに、緊張して身構えるとか」
「いや……、俺も自分の親が此処に来たら、身構えるかな」
少し考えながら、奏汰も言う。
「もう此処が自分の家で、日常ってことだろ」
そう言って、奏汰はソファの方に行ってしまった。
温かいエッグノッグを両手で包むように持ったまま、なんとなく奏汰を目で追っていると、奏汰は、一息ついてなにか見ようと思ったのか、HDDレコーダーを動かしていた。
「つぐみ、なにいっぱい録画してんだ」
全部料理番組じゃないか、と言う。
「しかも、なんで、すべてNHK……」
「蘊蓄があるのが好きなんです。
ああ、これはこれに効くんだな~と思いながら、作って食べさせたいと言うか」
食べさせたい、と口にしたとき、すぐに、目の前に居る奏汰の姿が頭に浮かんだ。
まあ、他の人のために料理作ってあげたことあまりないもんな、と言い訳のように思っていると、奏汰は勝手にリモコンで録画してある料理番組を検索しながら、
「おっ。これなんかいいじゃないか」
と言ってきた。
天然木の曲げわっぱのお弁当箱に入ったお弁当が画面に出ていた。
「お弁当ですよ、それ」
と言うと、奏汰はテレビを見たまま、
「作って来い」
と言ってきた。
は?
「明日じゃなくてもいいから、近いうちにお弁当作ってこい」
とその番組を再生しながら、奏汰は言う。
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