眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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いろいろと迷走中です

カリブのモヒート

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 キッチンに立つ奏汰の横で、つぐみは海野に習ったという海老料理を作っている。

 お、生意気に、小出刃で海老の背を開けている、と思ったあとで、

 ……なんかこういうのもいいな、と奏汰は笑った。

 夫婦並んで酒と料理を作るとか。

「今日は、お前がツボを押してくれたから、俺も健康にいい酒を作ってやろう」

 モヒートだ、と奏汰は言った。

 庭にあるミントを摘んでくると、ライムを切って、ラムを用意し、モヒートを作る準備をする。

 モヒートを知らなかったらしいつぐみが、
「モヒート……」
と呟き、斜め上を見たので、

「……それは、モスキートだ」
とつぐみの頭の中を呼んで言う。

「すっきり爽やかな見た目と口当たりで、夏にいい酒だがな」

 グラスにたっぷりの摘みたてミントとライムと氷。

 夏にびったりの涼やかなカクテルだ。

「モヒートはカリブの海賊が長い航海の中、健康を保つために、ミントやライムを使って作った酒だと言われてる」

「ああ、大好きです、カリブの海賊」
と笑うつぐみに、いや……たぶん、お前の言っているカリブの海賊は違うやつだ、と思っていた。
 

 つぐみの作ってくれた二、三のツマミをつつきつつ、二人でシンクとつながっているカウンターに並んで酒を呑む。

「そういえば、なんで昨日、俺の側で寝てたんだ?」
と訊くと、つぐみは赤くなり、

「いえ、一人でこの寒々しいリビングで寝てると可哀想かなって」
と言う。

 いや、自分が催眠術で此処に寝かせたと思ってるからやましかっただけだろうが、と思っていると、
「ところで、まだ眠くならないんですか? 社長」
とつぐみは訊いてきた。

「奏汰だ」
とグラスを口に持っていきながら言う。

 つぐみは既に、かなりぼんやりして来ている。

 とろんとした目が色っぽくないこともない。

「私が寝かしつけてあげます」
とつぐみは言うが、これは、全然色っぽい意味でではないんだろうな……と思う。

 少し酔っているつぐみは、子どもを寝かしつけるように、ぽんぽんと背中を叩きながら、歌い出した。

「何故、賛美歌を歌うっ」
「私、幼稚園からキリスト教の学校ですから」

 阿呆か、と思いながらも、やさしく歌っているその姿はマリア様みたいだな、とガラにもなく思ってしまった。

「……つぐみ?

 つぐみ……」

 いつの間にか、つぐみの額が腕に当たっていた。

 寄りかかるような体勢になっていて、どきりとするが。

「……って、またお前が寝るのかっ」

 仕方ないな、と抱き上げる。

 いつまでこんな状態が続くんだろうな、と思いながら。


 効かないのか、このツボ。

 つぐみが、朝、仕事をしつつ、耳のツボを押していると、西和田が、
「なにしてるんだ……」
と異様なものでも見るように見ながら言ってくる。

「いえ、此処を押すと、精神が安定し、安眠できるそうです」

「仕事中に安眠するな」

 まあ、ごもっともだな、と押すのをやめる。

 そのとき、引き出しの中で、マナーモードにしているスマホが震え始めた。

 西和田と目が合い、えへ、と笑って誤摩化そうとしたが、西和田は溜息をつき、
「急ぎの用かもしれんだろ。
 出てみろ」
と明らかな私用電話なのに許可してくれた。

 はーい、と急いでスマホを手に、廊下に出る。

 しばらくして、つぐみはスマホを手に、青褪めて戻ってきた。

「西和田さん」
と呼びかけると、うん? と西和田がキーを打つ手を止め、顔を上げる。

「……社長にお茶持ってっていいですか?」

「どうした?
 社長が持ってこいと言ったのか?」

「言われてないんですけど、持ってっていいですか?」
と言って、何故だ、と問われる。

「持って行きたいんです」

 どんな理由だ、と思われたことだろう。

 そんな理由で社長にいきなりお茶を持っていく秘書は居ない。

 だが、つぐみは西和田の椅子の側にしゃがみ、手招きをする。

「お前、また田宮に睨まれるぞ」
と言いながらも、西和田は身を屈めてくれた。

 つぐみは小声で叫ぶ。

「日曜、うちの親が社長のうちに来るって言うんですーっ」

「社長のうちっていうか、お前のうちだろうが」

 だが、西和田は溜息をつきながらも、内線電話を持ち上げていた。

「社長、お茶はいかがですか」

 なんか変な電話だな、と思う。

 すごいお茶か、お茶菓子でもあるから、どうですかって感じだ。

 ……あったかな、すごいお茶、と思い、振り返っている間に、
「秋名が持って行くと言っています。
 はい、では」
と言って、西和田は電話を切った。

 椅子を回してこちらを見、
「持っていけ」
と言ってくれる。

「はいっ。
 ありがとうございますっ!」
と祈るように見上げて言うと、西和田は目をそらし、言ってきた。

「いいから、早く立て。
 そこに居ると餌やらなきゃいけない気がしてくるから」

 うちの犬みたいで、と言う西和田に、

「犬飼ってたんですか」
と言うと、

「ぼーっとしたマヌケ顔の犬だ。
 実家に居る」
と言う。

 ……なにかもうちょっと可愛らしいものに例えて欲しかったな、と思いながらも、感謝し、
「ありがとうございますっ。
 行って参りますっ!」
と言って、つぐみは立ち上がった。


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