眠らせ森の恋

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
27 / 58
いろいろと迷走中です

サングリア ~聖なる血の酒~

しおりを挟む
 
 そのあと、奏汰がソファに座り、壁にかけられた大型テレビでニュースを見ていると、つぐみがすうっと近寄って来た。

 後ろ手になにか持っている。

 ……鈍器か?

 今、酒を作ってやったのに、と思ったが、本のようだった。

 スカートの後ろから、チラと見えるその表紙の色には覚えがあった。

 さっきの催眠術の本だ。

 まさか、俺にかかれというのか……?

 つぐみっ。
 俺は鳥にはなれんぞっ!
と思いながら身構えていると、つぐみは、やけに愛想のいい笑顔を浮かべ、言ってくる。

「奏汰さん、今日、図書館で催眠術の本を借りてきたんですよ」

 そこはしゃべるのか……?

 素敵な笑顔で、
「かけてみてもいいですか?」
と言ってくるつぐみに、警戒しつつも、

「……いいぞ」
と答える。

 断ったら、次はどんな手段に訴えてくるかわからないからだ。

「あ、貴方はだんだん眠くな~る」
と目の前で、わざわざ縛り付けてきたのだろうか、紐に吊るされた五円玉を振り始めた。

 古典的だな。
 さすが図書館の本、古いようだ、と思いながら、じっと見つめていると、その向こうで、つぐみがやたらと真剣な顔で五円玉を見つめている。

 お前が寝るなよ、とちょっと笑いそうになってしまったがこらえた。

「ね、眠くな~る」
 寝ない自分に焦ったように、つぐみは激しく五円玉を振り、身を乗り出してきた。

 ……近いぞ、つぐみ。

 こいつから、こんな積極的に自分に近づいてきたことはないような、と思いながらも、なんとなく後ずさってしまう。

 だが、
「眠くな~るっ!」
ともはや、催眠術というより、寝ろっ、と命令する勢いで近づくつぐみは、自分をほぼ押し倒していた。

 嬉しい以前に怖いっ。

 今、眠らないと、何処からか、束にしてある五円玉を出してきたつぐみに撲殺されそうだっ!

 身の危険を感じた奏汰は、一瞬、迷って、……ぱた、と寝てみた。

「えっ?
 か、……かかったっ?」

 かかるかっ、と思ったが、そのままじっとしていた。

 っていうか、催眠術って、寝かすのが目的じゃないだろ。

 このあと、なにかないのか? と思ったが、ないようだった。

 自分の上から降りたつぐみは、ソファからも降り、自分で催眠術をかけたはずなのに、困惑している。

「よ、よかった。
 ……けど、どうやって起こすんだろ?

 このまま起きなかったらどうしたら?」
と心配してくれている。

 つぐみはソファの前に、腰を下ろし、自分の顔を眺めているようだった。

「本当に寝ちゃったのかなー。
 疲れてるのかなー?」

 確かに、どっと疲れるよ、お前と居ると、と思っていると、つぐみは何処かへ行ってしまった。

 ちょっと待て。

 俺は、いつまでこうしてればいいんだ?
 つぐみが寝るまでか?
と困っていると、つぐみが、うんせうんせとなにかを運んできた。

 布団のようだ。上にそっとかけてくれる。

 こういうのっていいな、とちょっと思ってしまう。

 催眠術で寝かされたのに……。

 もう一人暮らしをして長いが、家族が居るって感じがするな、と思っていると、つぐみがまたなにか運んできた。

 自分が寝ているソファの下に布団を敷いているようだった。

 まさか、此処から転がり落とす気か? と思っていると、どうもそれは、つぐみが寝るためのもののようだった。

 何故、寝かせておいて隣りでっ?

 よくわからない女だ、と思っていると、つぐみはその布団に膝をつき、自分の顔を覗き込んでくる。

「本当に寝てるのかな~?」

 寝てるわけねえだろっ、と思っている自分の前で、つぐみは、
「こうしてると、綺麗な顔してるのに、いろいろと残念だなあ」
と呟いていた。

 なにがだっ?

 狸寝入りなどするものではない。

 妻、いや、まだなってはいないが、妻っぽいものの本音が聞けてしまう。

 いや、まあ、昼間充分聞いたが……。

 つぐみが、とととととっと何処かに消えたと思ったら、リビングと続きになっているキッチンに行ったようだった。

 薄目を開けて見ると、残っていたサングリアを呑んでいるようだった。

 まだ呑んでるのか……。

 つぐみは、残っていたフルーツにボトルからサングリアを継ぎ足し、グラスを眺めて、にんまり笑っている。

 サングリア。
 聖なる血の酒、か。

 ……気に入っていただけたようで、なにより。

 つぐみは洗面所に行き、歯を磨いたりして、寝る準備をし始めた。

 鼻歌が聞こえてくるぞ、おい。

 俺を寝かせて、ご機嫌だな……と思っていると、すっかり寝支度を調えたつぐみが、側に来て、また顔を覗き込んできた。

 寝てると不用意に近づいてくるな~。

 襲ってやろうか、と思ったとき、つぐみが寝ている自分に呼びかけてきた。

「ねえ、社長」

 まだ社長と呼んでるな……。

「……なんで私なんですか?
 たまたまそこに居たからですか?

 そう言うのって――」

 なんか嫌です、とつぐみは言う。

 理由があったらいいのか?

 理由があったら、俺を好きになってくれるのか?

 いや、別に好きになって欲しいと願って、此処に呼んだわけではないのだが、と言い訳のように思う。

 つぐみ、と手を伸ばし、抱き寄せたかったが、目を覚ましたら逃げてしまうのがわかっていたので、そのまま目を閉じ、じっとしていた。

 つぐみは、
「おやすみなさい」
と寝ようとして、いや、待てよ、と起き上がってくる。

「意外に寝相が悪くて落ちてくるかも」
と呟いて、布団を引き離していた。

 待て、俺の寝相は悪くない。

 知らないだろ、お前。

 一度しか一緒に寝たことないから。

 ……おやすみ、つぐみ。

 だが、つぐみの小さな寝息がすぐ側から聞こえてきて――。

 まあ、なんだかちょっと眠れそうにないんだが……、と思っていた。


しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

怠け狐に傾国の美女とか無理ですから! 妖狐後宮演義

福留しゅん
キャラ文芸
旧題:怠狐演義 ~傾国の美女として国を破滅させるなんて無理ですから!~ 「今すぐ地上に行って国を滅ぼしてこい」「はい?」 従属神の末喜はいつものようにお日様の下で菓子をかじりながら怠惰を貪っていたら、突如主人である創造母神から無茶ふりをされて次の日には出発するはめになる。ところが地上に降り立ったところを青年に見られてその青年、滅ぼすべき夏国の皇太子・癸と縁が出来てしまう。後宮入りして傾国の女狐として国を滅ぼす算段を立てていくも、何かと癸と関わるようになってしまい、夏国滅亡計画はあらぬ方向へいくことになる。 「愛しの末喜よ。そなたを俺の后に」「どうしてそうなるんですか!?」 ※完結済み

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

【完結】巫女見習いの私、悪魔に溺愛されたら何故か聖女になってしまいました。

五城楼スケ(デコスケ)
ファンタジー
※本編、番外編共に完結しました。 孤児院で育ったサラは、巫女見習いとして司祭不在の神殿と孤児院を一人で切り盛りしていた。 そんな孤児院の経営は厳しく、このままでは冬を越せないと考えたサラは王都にある神殿本部へ孤児院の援助を頼みに行く。 しかし神殿本部の司教に無碍無く援助を断られ、困り果てていたサラの前に、黒い髪の美しい悪魔が現れて──? 巫女見習いでありながら悪魔に協力する事になったサラが、それをきっかけに聖女になって幸せになる勘違い系恋愛ファンタジーです。

廃妃の再婚

束原ミヤコ
恋愛
伯爵家の令嬢としてうまれたフィアナは、母を亡くしてからというもの 父にも第二夫人にも、そして腹違いの妹にも邪険に扱われていた。 ある日フィアナは、川で倒れている青年を助ける。 それから四年後、フィアナの元に国王から結婚の申し込みがくる。 身分差を気にしながらも断ることができず、フィアナは王妃となった。 あの時助けた青年は、国王になっていたのである。 「君を永遠に愛する」と約束をした国王カトル・エスタニアは 結婚してすぐに辺境にて部族の反乱が起こり、平定戦に向かう。 帰還したカトルは、族長の娘であり『精霊の愛し子』と呼ばれている美しい女性イルサナを連れていた。 カトルはイルサナを寵愛しはじめる。 王城にて居場所を失ったフィアナは、聖騎士ユリシアスに下賜されることになる。 ユリシアスは先の戦いで怪我を負い、顔の半分を包帯で覆っている寡黙な男だった。 引け目を感じながらフィアナはユリシアスと過ごすことになる。 ユリシアスと過ごすうち、フィアナは彼と惹かれ合っていく。 だがユリシアスは何かを隠しているようだ。 それはカトルの抱える、真実だった──。

処理中です...