眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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いろいろと迷走中です

誰が凶悪で、全然人の話を聞かないんだ?

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「ただいま」
 その日、帰ってきた奏汰は機嫌が悪かった。

「おっ、お疲れさまでーす」
と普段はしないのに、鞄など受け取ってみる。

 さっさと歩いていってしまう奏汰の後をついて行きながら、
「お食事になさいますか?
 それともお風呂――」
と言うと、奏汰は最後まで聞かずに、

「そこは、それとも私? だろうが」
と言ったあとで、振り返り、

「誰が凶悪で、全然人の話を聞かないんだ?」
と言ってきた。

 あー、やはり、聞いてらっしゃいましたかー、と不気味な微笑みを浮かべながら、揉み手をしていると、奏汰は、いきなり、つぐみを抱き上げた。

 うひゃっと短く悲鳴を上げると、
「もうちょっと色っぽい声は上げられないのか」
と昼間店で見たのと同じような渋い顔で言ってくる。

「襲いかかってこないのなら問題ない、か。
 じゃあ、問題あるようにしてやろうか」

 ええーっ。勘弁してくださいーっ、とつぐみは暴れる。

「莫迦っ。落ちるだろうがっ」
と落下しかけたつぐみを奏汰が抱き直す。

 より顔が近くなり、失神しそうになった。

 いやーっ、もう、勘弁してくださいーっ。

 心臓に悪いからーっ、と心の中で叫んでいると、本当に死にそうな顔をしていたせいか、降ろしてくれた。

「先に風呂に入る。
 怪しいものの入ったワインは持ってくるなよ」
と機嫌悪く言ってくる。

 はーい、とそれを見送った。

 怪しいって、美味しかったんだろうにな……と思いながら。
 

 今日はほんとに美味しいワイン買って来たのにな~、と思いながら、つぐみはちょっとグレて、脱衣場の洗濯機に背を預け、奏汰がいらないと言ったワインを呑んでいた。

「……待て」
と中から声がしてくる。

「なんでお前、そこでワインを呑んでる?」

「いや、昼間は悪かったかなーと思って、いいワイン買ってきたんですよ。

 ちゃんと地下のカーヴで保管しといたのに、奏汰さんがいらないとおっしゃるので自分で呑んでたところです」

 まだ家が新しいせいか、カーヴの手前の方にワインはなかったが、奥には高そうなワインが何本か並べてあった。

 なにかのイベントでしか開けそうにない奴だ。

 それで、ほどほどの値段のを買って来たのに。

「やさぐれるな……」

「もういいです。
 いい感じに美味しいです」

「……じゃあ、俺にもなにも入れずに持って来い」

 そう言われ、実はグラスをもうひとつ用意してあったので、少しガラス戸を開け、すぐに、
「はい」
とワインを差し込むと、

「囚人への差し入れか。
 持って入れ」
と奏汰は言ってくる。

 ええーっ? と思っていると、
「それ、持って入ってきたら、昼間の暴言は許してやってもいい」
と言う。

 また、ええーっ? と思ったが、これ以上拗ねられても厄介だ。

 つぐみは、そのグラスを手に片手で、ドアを大きく開け、しずしずと風呂場に入っていった。

 風呂場自体は広いが、浴槽はドアのすぐ側にある。

 一歩、二歩、此処で向き変えて、
「はい」
と突き出すと、

「……目を開けろ」
と言われた。

「いっ、嫌ですよっ」
と目を閉じたまま赤くなり言うと、奏汰は濡れた手でワインを受け取ってくれた。

 ほっとして、去ろうとすると、いきなり腕を引っ張られる。

 そのまま、湯船にお尻から突っ込んだ。

 ぎゃーっ、と思いながら、思わず目を開けると、奏汰の顔が目の前にあった。

「びっ、びしょびしょじゃないですかっ」
と文句を言うと、

「いいじゃないか。一緒に入れ」
と言ってくる。

「いっ、嫌ですっ」
 じたばたして逃げ出そうとするが、肩を強く捕まれ、逃げられない。

 そのままキスされそうになり、つぐみは思わず、奏汰が浴槽の縁に置いていたグラスをつかんでいた。

「うわっ、莫迦っ。

 やめろっ。
 風呂でそれはっ。

 出血多量で殺人事件になるだろうがっ」

 そう叫んで離してくれた。

 浴槽から飛んで出たつぐみは、肩で息をしながら、
「あ、危ないとこでした」
と呟く。

「莫迦か。
 俺が危ないとこだった……」

 婚約者にキスして殺されるとかどうなんだ、と呟いていた。


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