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どうやら、スパイのさがのようです
お前は何処に向かって走ってってるんだ……
しおりを挟む「あっ、ほっ、ほどほどにしときますっ。
おやすみなさいーっ」
と半分立ち上がり、手を振るつぐみを見ながら、奏汰は、……殴るぞ、と思っていた。
飼い犬がちぎれんばかりに尻尾振っているような愛想の良さだが、要するに自分に触らずに寝てくれると思って、機嫌がいいだけじゃないか。
寝た隙に襲ってやろうか、と思いながら、螺旋になっているリビングの階段を上がる。
つぐみは、
「おかしいなー」
と言いながら、まだパソコンを打っていた。
奏汰は夢の中で、変なかぼちゃパンツを穿いた王子になっていた。
夢の中なのに冷静に、なんだかつぐみの見そうな夢だな、と思っていた。
秘密の塔から三つ編みした長い髪が垂れていたので、
来いということだろうか?
と思って、命懸けで登ってみたら、素敵なドレスを着たつぐみが、塔のてっぺんで、ひひひひ、と笑いながら、魔女の釜みたいなのをお玉でかき回していた。
……なんなんだろうな、こいつ、と思って目を覚ます。
もう七時だが、一階は、しんとしていた。
いつもなら、早くに起きて、朝食の支度をしているつぐみの気配がするのだが、それがない。
奏汰は螺旋階段から下のフロアを眺めていたが、そのまま二階の廊下を歩き、つぐみの部屋の扉をノックした。
「つぐみ?」
そう呼びかけてみるが、返事がない。
……まだ寝てんのか。
遅刻するぞ。
そうだ。
遅刻するぞ。
これは起こしてやらなねば、まずいだろう。
この状態で放置するのは、同居人として問題あるからな、と自分に弁明しながら、奏汰はつぐみの部屋の扉を開ける。
知らない間に母親がそろえたというわりには、可愛らしい家具の詰まった部屋の中を見回すと、案の定、つぐみはまだ爆睡していた。
真っ白なお姫様のようなベッドの中で眠るつぐみを上から覗き込みながら、
もしや、夕べ遅くまで、二千四百万の計算をしていたのだろうかな……と思う。
つぐみは、なんの夢を見ているのか、気持ちよさそうに眠っていた。
……可愛いな。
さっきの夢みたいに、ドレスなど着ていなくとも、充分可愛い。
キスとかしてみてもいいだろうか……。
いいよな。
婚約者なんだから。
そう自分に言い訳しながら、そっと顔を近づけたとき、つぐみが、ぱちりと目を開けた。
うわっ、とつぐみのようにマヌケに叫んで、後退してしまう。
「あれっ? 社長?」
と言われ、奏汰は今しようとしたことを誤摩化すように、不機嫌に、
「だから、社長はやめろ」
と言った。
つぐみは、一瞬、何故、此処に社長? という顔をしたが、すぐに、
「そうだ、奏汰さんっ」
と腕をつかんでくる。
「昨日のパソコン見てくださいっ」
は? と思っていると、
「奏汰さんが、コンピュータは絶対間違わないとおっしゃるので、計算間違いするようにソフト組み直してみましたっ」
と言い出した。
……どっちの方向に向かって走ってってるんだ、お前は。
「ほら、コンピュータもやりようによっては間違うんですよ」
と勝ち誇るつぐみに、
「待て。
間違うように組んだのなら、間違った答えが出たので正解だろ?」
と指摘してやると、少し考え、おや? という顔をする。
人間寝ぼけていると、まともな判断が出来なくなるものだな。
仕事も根をつめてやるのは、程々にした方がいいようだ、と徒労に終わったつぐみの努力を目の前に見ながら、奏汰は思った。
「いいから、起きろ、七時だ」
と言うと、つぐみは、ええっ? と叫び、枕許のスマホを手に取る。
「ああっ、アラーム止めてるっ」
「いいから、ゆっくり支度しろ。
今日の朝食は俺が用意してやる」
と出て行こうとすると、
「ええっ? そんなっ。
いいですよっ。
申し訳ないっ」
とつぐみが後ろから叫んできた。
どっちかと言うと、夜相手しないことを申し訳ないと思って欲しいんだが、と思いながら、
「別にいい。
お前が来るまでは自分でやってたんだから」
と言い、部屋を出た。
うう。
大失態ですっ、とつぐみはベッドの上で膝を抱える。
だが、
『別にいい。
お前が来るまでは自分でやってたんだから』
と言う奏汰の言葉が妙に頭に残っていた。
そ、そうですか。
そうですか。
私の前に、どなたかがいらっしゃって、此処で朝食を作られてたとかないわけですね、と思い、なんとなくホッとしてしまった。
だが、視界に入ったスマホの時刻に、あっ、こんなことしてる場合じゃなかった、と気づき、つぐみは慌ててベッドから飛び降りた。
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