眠らせ森の恋

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
20 / 58
どうやら、スパイのさがのようです

危険な企み

しおりを挟む
 
 どうしたんだ、つぐみ。
 珍しく気が利いているじゃないか。

 奏汰は風呂場にワインを持ってきたというつぐみをガラス扉越しに見ていた。

 少し扉を開けただけで、つぐみは赤くなり、俯いてしまう。

 こういうところが可愛いといえば、可愛いんだが……。

 警戒しすぎだろう。

 なにも出来ないじゃないか、と思っていると、つぐみは、
「では、注ぎます」
と言う。

 こぼすんじゃないか? こいつのことだから、とすりガラス越しに何故か緊張して、その様子を窺っていた。

「何故、扉を閉める。
 見えんぞ」
と言うと、つぐみは、

「お、音をお楽しみください」
と言ってきた。

 とくとくとくとくとく……

   ……ぽちゃん

 今のぽちゃんはなんだーっ、と立ち上がる。

「つぐみーっ」
と常になにかを企んでいる危険な婚約者の名を呼び、扉を開けた。

 ひゃーっ、とつぐみは脳天から突き抜けるような悲鳴を上げて逃げる。

「でっ、出てこないでくださいーっ」

 だから、お前、ほんとに婚約者なのか、と思いながら、つぐみが置いて逃げたグラスを見下ろす。

 なにか入れていたようだが。

 まさか毒じゃあるまいな、と思いながらも、ひょいと呑んでみた。

 何故、呑んだのかと問われたら、よくわからないが、この得体の知れない女をいつの間にか信用していたからかもしれない。

 脱衣場のオレンジがかった光に輝くグラスを見、
「……美味いじゃないか」
と言うと、つぐみが物陰からひょいと顔を出し、

「ブランデー入れたんです」
と言う。

 そして、さっと消え、
「安いワインにブランデーを少し垂らすと、味に深みが出るらしいですよ」
と物陰から言ってきた。

 ほう、と言うと、
「どうぞ、よく酒の回る風呂でたっぷり呑むと、きっと気持ちがいいですよ」
と言い出す。

 やはり、殺そうとしているのかと思ったら、
「死んだように眠れると思います」
と言う。

 こいつ、やっぱり、俺に襲われたくないんだな、と思った。

 ちょっと傷つくぞ。
 今までの人生でこんなことはなかったのに。

 箱入りにも程がある、と思った。

「割り箸をワインに入れておいてもいいらしいですよ。
 木の香りがついていいらしいです」

 いろいろ考えるもんだな。
 俺を眠らせようと思って……。

 そういえば、ちゃんと大きいグラスに少しだけそそいである。

 デキャンタージュしないまでも、ワインを空気に触れさせ、安酒なりに香りが開くようにしてあった。

 そういえば、図書館で本をたくさん借りてきたようだし、さっき、タブレットも見てたな、と思う。

「ワインなら地下のカーヴにあるが」
と言うと、

「えっ?
 この家、地下があったんですかっ?

 広いからまだ全部探検してなくて」
と言い出す。

 いや、掃除してないのか、と思ったが、つぐみも仕事をしているから、目につくところしか出来ないのかもしれない、と思った。

 地下がある、と聞いてから沈黙しているつぐみに、
「……地下に宝とかないからな」
と最近読めるようになったつぐみの頭の中を呼んで言うと、えー、と残念そうに言っていた。

 もう一杯貰うぞ、と言って自分で注ぎ、手だけ出してくるつぐみにブランデーを入れて貰う。

 うん。
 美味い、と思いながら、冷えたので、もう一度風呂に入って、それを呑んだ。

 風呂の暖色系の光に、ワインの色がよく映えた。

 たくさん呑んで寝るように、と仮装パーティのようなマントを羽織った魔女つぐみが、巨大な酒壷をこうろこうろとかき回しながら、ひひひひひ、と笑っている姿が頭に浮かぶ。

 なんだか可愛いじゃないか……と思ってしまった。

 風呂を出たあと、階段下に隠すように置いてある紙袋の中の山積みの本を見ながら、奏汰は笑う。

 ちょっと付き合ってやるか。
 せっかく一生懸命やってるんだから。

「どうせお前は俺と結婚することになるんだからな、つぐみ……」

 そう呟いた。

しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜

春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!> 宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。 しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——? 「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!

リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜

ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。 イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。 8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。 ※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。

とまどいの花嫁は、夫から逃げられない

椎名さえら
恋愛
エラは、親が決めた婚約者からずっと冷淡に扱われ 初夜、夫は愛人の家へと行った。 戦争が起こり、夫は戦地へと赴いた。 「無事に戻ってきたら、お前とは離婚する」 と言い置いて。 やっと戦争が終わった後、エラのもとへ戻ってきた夫に 彼女は強い違和感を感じる。 夫はすっかり改心し、エラとは離婚しないと言い張り 突然彼女を溺愛し始めたからだ ______________________ ✴︎舞台のイメージはイギリス近代(ゆるゆる設定) ✴︎誤字脱字は優しくスルーしていただけると幸いです ✴︎なろうさんにも投稿しています 私の勝手なBGMは、懐かしすぎるけど鬼束ちひろ『月光』←名曲すぎ

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

【完結】私たち白い結婚だったので、離婚してください

楠結衣
恋愛
田舎の薬屋に生まれたエリサは、薬草が大好き。薬草を摘みに出掛けると、怪我をした一匹の子犬を助ける。子犬だと思っていたら、領主の息子の狼獣人ヒューゴだった。 ヒューゴとエリサは、一緒に薬草採取に出掛ける日々を送る。そんなある日、魔王復活の知らせが世界を駆け抜け、神託によりヒューゴが勇者に選ばれることに。 ヒューゴが出立の日、エリサは自身の恋心に気づいてヒューゴに告白したところ二人は即結婚することに……! 「エリサを泣かせるなんて、絶対許さない」 「エリサ、愛してる!」 ちょっぴり鈍感で薬草を愛するヒロインが、一途で愛が重たい変態風味な勇者に溺愛されるお話です。

【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜

四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】 応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました! ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. 疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。 ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。 大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。 とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。 自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。 店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。 それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。 そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。 「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」 蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。 莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。 蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。 ❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。. ※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。 ※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

処理中です...