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どうやら、スパイのさがのようです
危険な企み
しおりを挟むどうしたんだ、つぐみ。
珍しく気が利いているじゃないか。
奏汰は風呂場にワインを持ってきたというつぐみをガラス扉越しに見ていた。
少し扉を開けただけで、つぐみは赤くなり、俯いてしまう。
こういうところが可愛いといえば、可愛いんだが……。
警戒しすぎだろう。
なにも出来ないじゃないか、と思っていると、つぐみは、
「では、注ぎます」
と言う。
こぼすんじゃないか? こいつのことだから、とすりガラス越しに何故か緊張して、その様子を窺っていた。
「何故、扉を閉める。
見えんぞ」
と言うと、つぐみは、
「お、音をお楽しみください」
と言ってきた。
とくとくとくとくとく……
……ぽちゃん
今のぽちゃんはなんだーっ、と立ち上がる。
「つぐみーっ」
と常になにかを企んでいる危険な婚約者の名を呼び、扉を開けた。
ひゃーっ、とつぐみは脳天から突き抜けるような悲鳴を上げて逃げる。
「でっ、出てこないでくださいーっ」
だから、お前、ほんとに婚約者なのか、と思いながら、つぐみが置いて逃げたグラスを見下ろす。
なにか入れていたようだが。
まさか毒じゃあるまいな、と思いながらも、ひょいと呑んでみた。
何故、呑んだのかと問われたら、よくわからないが、この得体の知れない女をいつの間にか信用していたからかもしれない。
脱衣場のオレンジがかった光に輝くグラスを見、
「……美味いじゃないか」
と言うと、つぐみが物陰からひょいと顔を出し、
「ブランデー入れたんです」
と言う。
そして、さっと消え、
「安いワインにブランデーを少し垂らすと、味に深みが出るらしいですよ」
と物陰から言ってきた。
ほう、と言うと、
「どうぞ、よく酒の回る風呂でたっぷり呑むと、きっと気持ちがいいですよ」
と言い出す。
やはり、殺そうとしているのかと思ったら、
「死んだように眠れると思います」
と言う。
こいつ、やっぱり、俺に襲われたくないんだな、と思った。
ちょっと傷つくぞ。
今までの人生でこんなことはなかったのに。
箱入りにも程がある、と思った。
「割り箸をワインに入れておいてもいいらしいですよ。
木の香りがついていいらしいです」
いろいろ考えるもんだな。
俺を眠らせようと思って……。
そういえば、ちゃんと大きいグラスに少しだけそそいである。
デキャンタージュしないまでも、ワインを空気に触れさせ、安酒なりに香りが開くようにしてあった。
そういえば、図書館で本をたくさん借りてきたようだし、さっき、タブレットも見てたな、と思う。
「ワインなら地下のカーヴにあるが」
と言うと、
「えっ?
この家、地下があったんですかっ?
広いからまだ全部探検してなくて」
と言い出す。
いや、掃除してないのか、と思ったが、つぐみも仕事をしているから、目につくところしか出来ないのかもしれない、と思った。
地下がある、と聞いてから沈黙しているつぐみに、
「……地下に宝とかないからな」
と最近読めるようになったつぐみの頭の中を呼んで言うと、えー、と残念そうに言っていた。
もう一杯貰うぞ、と言って自分で注ぎ、手だけ出してくるつぐみにブランデーを入れて貰う。
うん。
美味い、と思いながら、冷えたので、もう一度風呂に入って、それを呑んだ。
風呂の暖色系の光に、ワインの色がよく映えた。
たくさん呑んで寝るように、と仮装パーティのようなマントを羽織った魔女つぐみが、巨大な酒壷をこうろこうろとかき回しながら、ひひひひひ、と笑っている姿が頭に浮かぶ。
なんだか可愛いじゃないか……と思ってしまった。
風呂を出たあと、階段下に隠すように置いてある紙袋の中の山積みの本を見ながら、奏汰は笑う。
ちょっと付き合ってやるか。
せっかく一生懸命やってるんだから。
「どうせお前は俺と結婚することになるんだからな、つぐみ……」
そう呟いた。
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