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まるで、嫁入りです
濡れ衣ですよっ
しおりを挟む「口に唐辛子塗られてヒリヒリする夢を見ました」
朝食の席で、つぐみがそう言うと、奏汰が、何故か吹き出した。
「意外に記憶力がいいな」
えっ? 塗られてるっ? と顔をなで回していると、奏汰は、阿呆か、という顔をしていた。
先に食事を終えた奏汰は立ち上がる。
「早くしろ。
お前は電車だろ」
奏汰の車で乗せていってもらうわけにはいかないので、つぐみは最寄りの駅から電車に乗って通っていた。
はい、とつぐみも立ち上がりながら言う。
「そういえば、私、昨日、いつの間にか部屋で寝てたんですけど。
無意識のうちに移動したんでしょうかね?」
「そりゃあ、便利な夢遊病だな」
と言ったあとで、奏汰は偉そげに腕を組んでこちらを見、
「俺が運んだに決まってるだろうが」
と睨んできた。
「感謝しろよ。
まだ、なにもさせてもらってないのに、二日連続お姫様抱っこで階段登ったんだぞ」
とリビングの螺旋階段を指差す。
それを見ながら、つぐみは言った。
「えっ、すみませんっ。
あの階段、エスカレーターだったら、よかったですね」
「……そう来るか」
阿呆なこと言ってないで早く行け、と茶碗までさげてくれる奏汰に急かされた。
「おはようございますー」
と会社に行くと、早速、朝の嫌味を英里がぶちかましてきた。
「相変わらず、間の抜けた挨拶ねえ」
そういうのがモテるのかしら、やってみようかしら、などと言い出す。
「なに言ってんですかー。
私より英里さんの方がモテますよ。
いてててて」
いきなり頬をひね切られ、なにするんですかー、と振り返ると、
「いや、微妙に上から物を言われた気がしたからよ」
と言ってくる。
濡れ衣だ……。
「ああ、そうだ、英里さん。
なんかいい夕食のメニューって、ないですか?」
と訊くと、英里に、はあ? と言われる。
いや、もともとレパートリーが少ないうえに、奏汰はよく食べる。
毎食、何品も作っていたら、すぐにもネタ切れを起こしそうだったからだ。
「えーと。
男の人が喜ぶような感じの」
「あら、なによ。
あんた、誰か料理作ってあげるような人が居るの?」
英里は興味津々訊いてくる。
「そう。
それで、酒がよく進んで、こてっと寝てしまうような料理がいいんですが」
それには答えず、そう言うと、
「男寝かせてどうすんのよ、逆でしょ。
あっ、西和田さーん」
と英里が秘書室に戻ってきた西和田を呼ぶ。
あっ、こらっ。
しゃべるな、と思って見ると、英里は振り向いた西和田に、
「西和田さん、秋名さんって、誰か付き合ってる人が居るらしいですよ」
といきなりチクッていた。
だが、西和田は、
「知ってる」
と素っ気なく答えて、行ってしまう。
例え、相手が誰なのか知らなかったとしても、西和田さんにはまったく興味のない話題だと思いますが、と思っていると、英里は振り返り、
「なによ、あんた。
西和田さんにそんな話までしてんのーっ」
と言い出した。
「ええーっ?
そこでも引っかかるんですかーっ?」
私がもう売れてるんなら、西和田さん関係ないんだからいいじゃないですかーっ、と訴える。
すると、
「ま、それもそうね」
と言ったあとで、
「じゃ、さっさとその誰だか知らない人とくっついちゃってよ」
と言ってくる。
そのとき、ちょうど社長がやってきた。
おはようございますー、と頭を下げる英里たちに、その人ですよ、その人、と心の中で思っていた。
つぐみがぺこりと頭を下げると、奏汰は他の社員にするように鷹揚に頷いて行ってしまう。
……なんかこれはこれでムカつくな。
いや、家の外では、他人行儀でいいのだが。
お世話になったあの方のために、私を孕ませようとしている男には、とても見えないな。
そう思いながらも、見送った。
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