眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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まるで、嫁入りです

目をそらしたら負け

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 翌朝、つぐみが目を覚ますと、目の前に奏汰の顔があった。

 ひゃーっ、とつぐみは脳天に突き抜けるような声を上げ、飛び起きる。

「なっ、なんで一緒に寝てるんですかっ。
 私、襲われましたっ?」
と言うと、奏汰は呆れたように、

「お前、処女なんだろうが。
 襲われてわからないとかあるか」
と言ってくる。

 そ、そういうものなのですか。
 よくわかりませんが、と思いながら、目の前にある奏汰の顔にまだ固まっていた。

 本当に綺麗な顔だな、と思う。

 寝起きの自分の顔など、ぼんやり腫れていたりもするのだが、奏汰はそういうのもないようだった。

「……じっと見るなよ」
と奏汰が言ってくる。

「社長こそ――
 奏汰さんこそ、見ないでください」

 そらしたら負けな気がして、二人でそのまま、しばらく見つめ合っていた。



 なんだかまだ眠いな、と思いながら、つぐみが会社の廊下歩いていると、頭の上で声がした。

「社長と同じ匂いがする」

 ひっ、と振り返ると、西和田が気配もさせずに、真後ろに立っていた。

 周りに人が居ないのをいいことに、つぐみの髪の匂いを嗅いで、そんなことを言い出す。

「えっ、シャンプーは別ですよっ」
とうっかり言ってしまい、マジかっ、と言われた。

「いや、シャンプーの話じゃなくて、身体全体から漂う家の匂いとでも言うかな」

 気配か? と自分でもよくわからないように小首を傾げる西和田に、そんなものがわかるなんて、さすがスパイ様だな、と思っていた。

「結局、社長と一緒に住んでるのか」
と問われ、

「はあ。
 白河さんの手前」
と言うと、

「……まずいな」
と何故か西和田が言う。

「社長の、白河さんの覚えがめでたくなってしまう」

「白河さんってそんなに権力がある方なんですか?」

 なんだ、なにも知らないのか、という顔をして、西和田が言う。

「権力というより、人望があるんだ。
 あちこちに顔が利く」

 そういえば、うちの父親もそんなことを言ってたな、と思い出していた。

「専務のことを白河さんはお嫌いなんだよ」

「あのー、なんで西和田さんは専務に仕えてらっしゃるんですか?」
と訊くと、西和田は語り出す。

「いや、実は専務は、俺がコンビニでバイトしていたときの常連さんだったんだ」

「えっ? コンビニでバイト?」

 西和田さんがですか? と訊き返す。

 なんだか、似合うような、似合わないような。

 っていうか、こんな男前の店員さんが居たら、女性客がせっせと通いそうだな、と思っていた。

 田宮さんとか、田宮さんとか、田宮さんとか……と思っていると、西和田は、なにか思い出すように少し笑い、

「専務、あれで気のいいとこもあるんだよ。
 俺のことも引き抜いてくれた」
と言う。

「それは見る目がありましたね」

 そう言うと、西和田は何故か黙った。

「まあ、恩のある方には、ちゃんとお返しした方がいいですよ」

「お前の社長を追い落とすのでもか」

 お前の、というところが気になるが、と思いながらも、つぐみは言う。

「貴方がたに追い落とされるのなら、それまでの人ということですよ」

「どんな妻だよ……」

 崖から突き落とす獅子か、と言っていた。

「奥さんなら、最後まで味方で居てやれよ。
 子どもたちは結婚して出て行くが、夫婦は一生寄り添い合う相手なんだからな」
と何故か忠告してくれる。

「いい人ですねえ、西和田さん」
としみじみと言うと、西和田は、えっ、という顔をして振り向いていた。

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