眠らせ森の恋

菱沼あゆ

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まるで、嫁入りです

おい、形だけの妻

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 母親たちが帰った広い家の中は静まり返っていて、つぐみはなんだか落ち着かなかった。

「お、お茶でも淹れましょうか」
ととりあえず、向かい合って座っていたつぐみはソファから立ち上がる。

 特に奏汰からの返事はなかったが、淹れてきた。

 奏汰の前に湯呑みを置き、沈黙している彼に、なにか言った方がいいかと思い、
「そ、粗茶ですが」
と言ってみた。

 奏汰は、こちらを見ないまま、淡々と、
「うちの茶だ」
と言う。

 ……そういや、そうでしたね、と思いながら、そのまま、二人で黙って茶を飲んだ。

 気まずい……。

 西和田さんか、田宮さんにでもいいから、電話したい気分だ、と思ってしまう。

「あ、あのー」
とつぐみは勇気を出して話しかけてみた。

「今日は、何処かお出かけになったりはしないんですか?」

 すると、なにを考えているのか、ただつぐみの淹れたお茶を見ていた奏汰は目を上げ、
「それは暗に俺に出かけろ、と言っているのか」
と訊いてくる。

「いやあ、間が持てないので」
とうっかり、ぺらりと白状してしまった。

 これからしばらく此処に居るというのに、我慢して合わせ続けることも難しいと思っていたからだ。

 しばらく此処にって、いつまでなんだろうな、と思い、ちょっとゾッとした。

 奏汰は白河に会うまでに他人行儀なところをなくしたい、と言っていたが。

 他人行儀でなくなれば、いつでも出て行っていいということだろうか。

 いや、この社長相手に、フランクに接するとか。

 永遠に無理な気がするんだが、と再び、無言になった奏汰を上目遣いに窺い、思う。

 では、二人で白河さんに会うまで、ということになるだろうか。

 白河さんって、今、面会謝絶だって聞いたけど。

 じゃあ、面会謝絶が解けるまで?

 でも、回復されるか、もう本当に危なくなるかまで、ずっと面会謝絶なのではなかろうか、と不安に思ってると、奏汰は、

「出て行けとは異なことを。
 此処は俺の家だ」
と座り心地の良さそうな落ち着いた色柄の布張りの椅子にふんぞり返って言ってくる。

「おい、形だけの妻」

 なんだろう、その呼びかけ。

 今すぐ逃げちゃおうかなーと思う愛のなさだ、と思うつぐみに、奏汰は、
「出かけようか」
と言ってきた。

「あ、お出かけになるんですか?」
とほっとしながら言うと、

「莫迦。お前もだ」
と奏汰は言う。

 ……出かける?
 私と社長が?

 一瞬、意味がわからなかった。
 あまりにも想像つかないことだったからだ。

 えーと。
 何処へ? なにしに?

 そして、移動してる間、なにを話せばっ?
と固まっている間に、奏汰はもう立ち上がっていた。

「此処にこうしてても間が持たないだろ」
と自らもそうであるように奏汰は言ってきた。

 まあ、恋人でもない女とずっと向かい合ってても息苦しいよな~。

 っていうか、この人でもそんなこと思うんだ?

 いつも自信満々な奏汰は自分とは正反対の人間だと思っていたのだが、このとき、少しだけ親近感を抱いた。


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