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今日から婚約者なんだそうです
じゃあ、ベタベタしてやる
しおりを挟むつぐみが秘書室に戻り、自分のデスクで仕事をしていると、いきなり英里がやって来て、側に立った。
「なにあんた度々、社長と西和田さんに呼ばれてんのよ」
今、この書類は打てないな、と思い、つぐみは打ちかけた書類をそっと伏せた。
西和田がお前の打っている書類は人には見せるな、と常々、言っているからだ。
幸い、まだ画面には打ち出してはいなかった。
「いや、西和田さんは関係ないじゃないですか。
あの人、ただ、社長に言われて呼びにくるだけの人ですから」
と今、席を外している西和田のことを言うと、今度は、
「あんた、秘書室のホープを小間使いみたいに」
と文句を言ってくる。
えーと、この人、どうしたら……? と思っていると、ちょうど西和田が戻ってきた。
こちらをチラと見て言う。
「田宮。
秋名の邪魔をするな」
はい、と言った英里がしゅんとする。
行こうとした英里の背に、
「田宮さん」
と呼びかけると、英里は声には出さなかったが、なによっ? と目で威嚇してきた。
ひい、と思いながらも、
「これ、あげます」
と貰い物のゴディバのチョコを何枚かあげると、
「なによ。
毒入りっ?」
とやはり威嚇してくる。
毒があるのは貴女の発言ですよ、と苦笑いしていると、
「まあ、ありがと」
と言って持っていった。
今、大好きな西和田さんに怒られて可哀想にと思ってあげたのはわかっているのだろう。
でも、一言言わずにいられない人なんだな、と思いながら見送っていると、
「出来たか、秋名」
と真後ろに、自分を見張るように、西和田が来る。
「すみません。
あんまり側に来ないでください。
睨まれるんで」
とチラと英里の方を見ながら言うと、西和田はつぐみの椅子の背に両手をかけ、
「じゃあ、ベタベタしてやる」
と言ってくる。
どんな嫌がらせですか、と思いながら、とりあえず、周りに人が居なかったので、小声で訊いてみた。
「あのー、西和田さん。
スパイって、なにやってるんですか?」
「教えるか。
って、なに堂々と訊いてんだ」
いや、貴方こそ、なに堂々とスパイしてるんですか、と思いながら、
「データを抜くとか?」
と自分のパソコンを見ながら訊くと、
「そんなことしちゃ駄目だろ」
と西和田は言う。
「俺が専務側の人間とは言っても、会社が倒れていいわけじゃないからな。
重要な書類だって、書類仕事が速くて、口の堅いお前にしか頼まないだろ」
と言われ、そうだったのか、と思う。
信頼してくれているところもあるんだな、と思っていると、西和田は、
「むしろ、そんな不穏な動きをする奴が居たら、俺か社長に教えろよ」
と言ってくる。
……どうしたいんだろうな、この人は、と思っていた。
まあ、彼の中には彼なりの正義があるのだろう、と思い、西和田のやることには見て見ぬふりをすることにした。
社長の妻としては、この時点で失格だろうと思ってはいたが。
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