3 / 58
偽装婚約者のキケンな企み
お局様に遭遇しました
しおりを挟むさて、給湯室に行く時間だ、とつぐみが廊下を歩いていると、その給湯室の前に、英里ともう一人、今川正美という先輩秘書が居た。
ともに、専務の秘書のはずだった。
「あら、配属の決まらない秋名さん。
今日はお茶当番?」
と言われる。
はい、と言って給湯室に入ろうとするが、入り口を塞がれた。
「ねえ、あんた、どういうつもり?
たいして仕事も出来ないくせに、チャラチャラして」
うーむ。
どうしたことだ。
ヤンキーとやらの多いゲーセンでもないのに、インネンを吹っかけられている。
初めての体験に、ドラマみたいだ、と思いながら、英里を見下ろしていた。
自分の方が背が高いからだ。
仕事の出来ない後輩に見下ろされるというその体勢もカチンと来る要因のひとつかもしれないと冷静に分析していると、英里は、
「なによ、あんた。
いつも西和田さんと居て、仕事出来ないフリしてあれこれ訊いて」
と言ってくる。
いや、いつも西和田さんと居るのは、決まった所属がないから、秘書室に居る機会が多いからで。
あと、西和田さんは、新人の面倒を見る係だからですよ、と思っていたが、口に出すと、余計キレられそうなので、黙っていた。
そういえば、今、仕事出来ないフリと言ってくれたが。
ということは、この人は、私は仕事が出来る、と思ってくれているということだろうか?
なんだか此処へ来て、初めて認められた気がして、思わず、
「ありがとうございます」
と英里の手を握ってしまう。
すぐに、
「なんなのよっ、あんたはっ」
と振りほどかれてしまったが。
しかし、なるほど、わかりやすい人だ、と思いながら、
「あのー、田宮さん、西和田さんと居たいのなら、なにか間抜けなことをされてみてはどうでしょうか。
専務づきの秘書から降ろされて、ずっと秘書室に居られますよ。
西和田さんは秘書室に居ることも多いですから」
と言って、
「……あんた、何処まで正気?」
と言われてしまう。
「莫迦じゃないの。なんでそこまでしなくちゃいけないのよ。
っていうか、仕事出来ない女になったら、西和田さんに白い目で見られちゃうじゃないのよ」
と言う英里に、
「そうでしょう?」
と畳みかけるようにつぐみは言った。
「ですから、私も今、まさに、西和田さんに白い目で見られ、使えない危険人物として、目を付けられているところです。
田宮さんがご心配されているようなことはなにもありませんよ」
と言うと、私がなに心配してるって言うのよっ、と英里はまたキレる。
「もうっ、なんなの、この子っ。
行くわよ、正美っ」
とようやく給湯室の前を退いてくれた。
連れられて去りながら、正美が振り返り、ごめんね、と片手を上げて無言で謝ってくれた。
あの人もマイペースなご友人に振り回されて大変そうだな、とつぐみは同情気味にそれを見送った。
おお、なんか知らんが、お局その一を撃退している。
ちょうど社長室に入るところだった奏汰は遠目に給湯室の方を見ながら思っていた。
つぐみに言い負かされたらしい英里が怒っているんだか、首を傾げているんだかわからない顔で専務室に入って言った。
恐らく、喧嘩を吹っかけてみたが、なんだかわからないうちに煙に巻かれたのだろう。
西和田が、あれはちょっと只者ではない、とつぐみを評して言っていた。
『一見、おとなしげなお嬢様風で、扱いやすそうなんですけど、とんでもないですよ』
と。
その一見、おとなしげなお嬢様風のつぐみは、特に自分に嫌がらせしてきた相手を追い払ってやったという風にもなく――
もしや、気づいていないのだろうか。
普段通りの顔で、とととっと給湯室に入っていった。
普通に歩いているだけなのだが、なんとなく、動きがコミカルでおかしい。
しかし、まあ、なかなか所属も決まらず、持て余しているようだが、と思いながら、ちょっと笑ったとき、スマホが鳴った。
着信を見ると、白河の妻からだった。
つぐみがデスクで仕事をしていると、沈痛な顔をした西和田がやってきた。
ちょうど作業の終わった書類を揃え、
「あ、西和田さん」
と言いながら、それを差し出そうとすると、
「デスクに伏せて置いておいてくれ」
と西和田は素っ気なく言ったあとで、ちょっと来い、と手招きしてくる。
社長室の前に連れていかれ、小声で、
「ともかく、粗相するなよ」
と言われた。
中に入った西和田は、社長の居る奥の院をノックをする。
「社長、秋名です」
と言うと、入れ、と言う。
奏汰はデスクでまたスマホを片手に、渋い顔をしていた。
一瞬、常にスマホを握っている高校生の弟と重ね合わせてしまい、
スマホ依存症か?
と思ったのだが、そうではないだろう。
メールを見ているようだった。
西和田が自分を連れて入ると、こちらを見、
「ありがとう、西和田。
もう仕事に戻っていいぞ」
と言う。
はい、と西和田は一礼し、下がる前に、あの切れ長の目で、いいから、ご無礼な真似はするなよっ、と訴えてきた。
はっ、はいっ、と緊張しながらも思ったとき、奏汰はもう目の前まで来ていた。
うわっ、と声を上げそうになる。
この間も思ったけど、男の人だけど、なんかいい匂いがするな、この人、と思う。
西和田もそうだが、人に対して良い印象を与える微かな良い香りがする。
常務なんかは、やり過ぎて香水臭いが。
「……秋名」
あ、名前、覚えてくださったんですね、と思っていると、
「秋名つぐみ。
母一人、父一人、兄一人、弟一人。名門私立女子大卒。
育ち良し、容姿良し、頭も良し。
立ち居振る舞いも悪くはないが、注意散漫につき、粗相が多い」
うっ。
名前以外の余計な情報が――っ。
情報漏洩ですっ、と思ったが、社長だった。
「秋名つぐみ」
は、はい、と見上げると、奏汰はものすごく困った顔をして言ってきた。
「俺と結婚しろ」
つぐみは奏汰を見上げて一瞬黙る。
相手は社長なので、言葉を選ばなければと思ったのだが、つい、本心がもれていた。
「お断りです」
2
お気に入りに追加
105
あなたにおすすめの小説
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
【完結】召しませ神様おむすび処〜メニューは一択。思い出の味のみ〜
四片霞彩
キャラ文芸
【第6回ほっこり・じんわり大賞にて奨励賞を受賞いたしました🌸】
応援いただいた皆様、お読みいただいた皆様、本当にありがとうございました!
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
疲れた時は神様のおにぎり処に足を運んで。店主の豊穣の神が握るおにぎりが貴方を癒してくれる。
ここは人もあやかしも神も訪れるおむすび処。メニューは一択。店主にとっての思い出の味のみ――。
大学進学を機に田舎から都会に上京した伊勢山莉亜は、都会に馴染めず、居場所のなさを感じていた。
とある夕方、花見で立ち寄った公園で人のいない場所を探していると、キジ白の猫である神使のハルに導かれて、名前を忘れた豊穣の神・蓬が営むおむすび処に辿り着く。
自分が使役する神使のハルが迷惑を掛けたお詫びとして、おむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりをご馳走してくれる蓬。おにぎりを食べた莉亜は心を解きほぐされ、今まで溜めこんでいた感情を吐露して泣き出してしまうのだった。
店に通うようになった莉亜は、蓬が料理人として致命的なある物を失っていることを知ってしまう。そして、それを失っている蓬は近い内に消滅してしまうとも。
それでも蓬は自身が消える時までおにぎりを握り続け、店を開けるという。
そこにはおむすび処の唯一のメニューである塩おにぎりと、かつて蓬を信仰していた人間・セイとの間にあった優しい思い出と大切な借り物、そして蓬が犯した取り返しのつかない罪が深く関わっていたのだった。
「これも俺の運命だ。アイツが現れるまで、ここでアイツから借りたものを守り続けること。それが俺に出来る、唯一の贖罪だ」
蓬を助けるには、豊穣の神としての蓬の名前とセイとの思い出の味という塩おにぎりが必要だという。
莉亜は蓬とセイのために、蓬の名前とセイとの思い出の味を見つけると決意するがーー。
蓬がセイに犯した罪とは、そして蓬は名前と思い出の味を思い出せるのかーー。
❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.:*:.。.✽.。.:*:.。.❁.。.
※ノベマに掲載していた短編作品を加筆、修正した長編作品になります。
※ほっこり・じんわり大賞の応募について、運営様より許可をいただいております。
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
男装官吏と花散る後宮〜禹国謎解き物語〜
春日あざみ
キャラ文芸
<第8回キャラ文芸大賞にて奨励賞をいただきました。応援ありがとうございました!>
宮廷で史書編纂事業が立ち上がると聞き、居ても立ってもいられなくなった歴史オタクの柳羅刹(りゅうらせつ)。男と偽り官吏登用試験、科挙を受験し、見事第一等の成績で官吏となった彼女だったが。珍妙な仮面の貴人、雲嵐に女であることがバレてしまう。皇帝の食客であるという彼は、羅刹の秘密を守る代わり、後宮の悪霊によるとされる妃嬪の連続不審死事件の調査を命じる。
しかたなく羅刹は、悪霊について調べ始めるが——?
「歴女×仮面の貴人(奇人?)」が紡ぐ、中華風世界を舞台にしたミステリ開幕!
ダブル シークレットベビー ~御曹司の献身~
菱沼あゆ
恋愛
念願のランプのショップを開いた鞠宮あかり。
だが、開店早々、植え込みに猫とおばあさんを避けた車が突っ込んでくる。
車に乗っていたイケメン、木南青葉はインテリアや雑貨などを輸入している会社の社長で、あかりの店に出入りするようになるが。
あかりには実は、年の離れた弟ということになっている息子がいて――。
子持ちの私は、夫に駆け落ちされました
月山 歩
恋愛
産まれたばかりの赤子を抱いた私は、砦に働きに行ったきり、帰って来ない夫を心配して、鍛錬場を訪れた。すると、夫の上司は夫が仕事中に駆け落ちしていなくなったことを教えてくれた。食べる物がなく、フラフラだった私は、その場で意識を失った。赤子を抱いた私を気の毒に思った公爵家でお世話になることに。
リトライさせていただきます!〜死に戻り令嬢はイケメン神様とタッグを組んで人生をやり直す事にした。今度こそ幸せになります!!〜
ゆずき
恋愛
公爵家の御令嬢クレハは、18歳の誕生日に何者かに殺害されてしまう。そんなクレハを救ったのは、神を自称する青年(長身イケメン)だった。
イケメン神様の力で10年前の世界に戻されてしまったクレハ。そこから運命の軌道修正を図る。犯人を返り討ちにできるくらい、強くなればいいじゃないか!! そう思ったクレハは、神様からは魔法を、クレハに一目惚れした王太子からは武術の手ほどきを受ける。クレハの強化トレーニングが始まった。
8歳の子供の姿に戻ってしまった少女と、お人好しな神様。そんな2人が主人公の異世界恋愛ファンタジー小説です。
※メインではありませんが、ストーリーにBL的要素が含まれます。少しでもそのような描写が苦手な方はご注意下さい。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる