15 / 79
今のところ、お前が一番気に入っている
ガジュマルには幸せを呼ぶ精霊が住んでいる
しおりを挟む玄関から白いビニール袋を持ってきた葉名は、小ぶりなガジュマルをガサゴソと出すと、片付いたガラスのローテーブルの上に置いた。
「なにか木のおうちっぽいですよね~」
とニンジンのような太い根が絡み合ったガジュマルを見つめる。
ガジュマルには幸せを呼ぶ精霊が住んでいると誠二せいじが言っていた。
木のおうちのような、ころんとした形のガジュマルの陰から、ひょっこり顔をだす精霊を想像してみたが、その姿は何故か幼い頃の准になっていた。
あの頃は外見だけは清らかな王子様みたいだったのに、今では、すっかり悪王子に……。
一体、なにがあって、こうなったのか。
いや、単に歳とともに、もともとの性根が顔に出てきただけなのか? と思いながら、葉名が、
「ガジュマルは、とても生命力の強い木で、健康運や金運が上がるそうですよ」
と言うと、腕組みして、ガジュマルを見ていた准が、
「勝利のエネルギーをくれる木とも言われているな」
と言ってくる。
「社長、お詳しいんですね」
「ばあさんが趣味で植物園っぽいものを作ってるからな」
と言ったあとで、
「ああ、庭にだぞ」
と付け足し言ってきたが。
葉名の頭の中ではもう、小規模な植物園くらいのサイズになっていたし。
たぶん、それで間違いないだろうと思われた。
「葉名、片付けといてよかったろ」
え? と見ると、准は、
「いや、綺麗な場所に置いてやらないと植物が可哀想だろうが」
と言ってくる。
そうだな。
あの片付けた窓辺のでっぱりなんかに置いたら良さそうだな、とぼんやりそちらを眺めながら、この人、実は私より、真っ当な人かもな、とちょっと思っていた。
すると、准が、
「じゃあ、片付けたご褒美に飯でもおごってやろう」
と言って立ち上がる。
「えっ?
でも、私、自分の家を片付けただけなんで、ご褒美なんて。
むしろ、私が社長におごらないと」
社長におごるとか、かえって偉そうな感じだな、と思いながらも、そう言ったが、准はこちらを見下ろし、
「いや、俺も今日は珍しく仕事が早く終わって嬉しいんだ。
そんな日に、今のところ一番気に入ってるお前と食事に行くのは俺へのご褒美でもあるからな」
と言ってきた。
「あのー、『今のところ』がすごく気になるんですが……」
と訴えてみたが、准は、
「いや、そこは、ちょっとした恥じらいだ」
と何処も恥じらってはなさそうな顔で見下ろし、言ってくる。
「まあ、お前も疲れてるだろうから、この近くの――」
そう准は言いかけたが、突然、彼のスマホが鳴った。
取り出したその画面を見た准は眉をひそめる。
「もしもし」
と低い声で出たあとで、
「……わかった」
と言って電話を切った。
「すまない、葉名。
ちょっと会社に戻らないといけなくなった。
また早く終わった日に、おごってやるから」
早く終わる日なんて、滅多になさそうだけどな、と思いながらも、わかりました、と葉名は頷く。
ちょっと残念に思っているのは、きっと、子どもの頃の話とか、ゆっくりしてみたいなと思っていたからだろう。
玄関まで見送ると、准は靴を履きながら、
「またチェックに来てやるからな。
それまで、部屋、散らかすなよ。
片付いてない部屋は運気が下がると言うからな」
と言ってくる。
「あのー、社長はなんで、そんなに運気を上げたいんですか?」
そう訊いたあとで、ああ、グループの後継者になりたいんだったっけ?
と思ったが、准は、葉名の後ろ、開いたままのリビングの扉から、ガジュマルを見ながら言ってきた。
「……欲しいものがあるんだよ」
と。
准の視線を追っていた葉名が彼の方に向き直ったとき、玄関の白い壁に手をついた准が軽く口づけてきた。
「じゃあな、ちゃんと鍵かけて寝ろよ」
と言って、准はさっさと出て行く。
バタン、と扉は閉まり、かけて寝ろよもなにも、オートロックなので、勝手に鍵はかかった。
……今、なにが?
と閉まった扉を見ながら葉名は思う。
……今、なにが?
え?
今、話のついでのように持っていかれたものは、もしや、私のファーストキスですか?
今、海外での挨拶みたいに、ものすごーく軽い感じでされたのは、もしや、私のファーストキスですか?
私をモンキーとか言う奴に、今されたのは、私の――。
だだだっ、と葉名は部屋に戻り、
「ガジュマルーッ」
とガジュマルに向かい、叫ぶ。
「運気、上がってないじゃんっ。
願い、叶ってないしっ。
なにも勝利してないしっ」
むしろ、運気、下がってるっ! と葉名は叫んだ。
八つ当たりだな、と自分でも思いながら。
頭の中では、ガジュマルの可愛らしい木の陰に栗色の髪の精霊、『社長』さんが住んでいた。
「運気下がってるっ!」
と叫ばれた精霊、社長さんは、ええっ? という顔でビクついていた――。
2
お気に入りに追加
90
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
OL 万千湖さんのささやかなる野望
菱沼あゆ
キャラ文芸
転職した会社でお茶の淹れ方がうまいから、うちの息子と見合いしないかと上司に言われた白雪万千湖(しらゆき まちこ)。
ところが、見合い当日。
息子が突然、好きな人がいると言い出したと、部長は全然違う人を連れて来た。
「いや~、誰か若いいい男がいないかと、急いで休日出勤してる奴探して引っ張ってきたよ~」
万千湖の前に現れたのは、この人だけは勘弁してください、と思う、隣の部署の愛想の悪い課長、小鳥遊駿佑(たかなし しゅんすけ)だった。
部長の手前、三回くらいデートして断ろう、と画策する二人だったが――。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
実力を隠し「例え長男でも無能に家は継がせん。他家に養子に出す」と親父殿に言われたところまでは計算通りだったが、まさかハーレム生活になるとは
竹井ゴールド
ライト文芸
日本国内トップ5に入る異能力者の名家、東条院。
その宗家本流の嫡子に生まれた東条院青夜は子供の頃に実母に「16歳までに東条院の家を出ないと命を落とす事になる」と予言され、無能を演じ続け、父親や後妻、異母弟や異母妹、親族や許嫁に馬鹿にされながらも、念願適って中学卒業の春休みに東条院家から田中家に養子に出された。
青夜は4月が誕生日なのでギリギリ16歳までに家を出た訳だが。
その後がよろしくない。
青夜を引き取った田中家の義父、一狼は53歳ながら若い妻を持ち、4人の娘の父親でもあったからだ。
妻、21歳、一狼の8人目の妻、愛。
長女、25歳、皇宮警察の異能力部隊所属、弥生。
次女、22歳、田中流空手道場の師範代、葉月。
三女、19歳、離婚したフランス系アメリカ人の3人目の妻が産んだハーフ、アンジェリカ。
四女、17歳、死別した4人目の妻が産んだ中国系ハーフ、シャンリー。
この5人とも青夜は家族となり、
・・・何これ? 少し想定外なんだけど。
【2023/3/23、24hポイント26万4600pt突破】
【2023/7/11、累計ポイント550万pt突破】
【2023/6/5、お気に入り数2130突破】
【アルファポリスのみの投稿です】
【第6回ライト文芸大賞、22万7046pt、2位】
【2023/6/30、メールが来て出版申請、8/1、慰めメール】
【未完】
大正ロマン恋物語 ~将校様とサトリな私のお試し婚~
菱沼あゆ
キャラ文芸
華族の三条家の跡取り息子、三条行正と見合い結婚することになった咲子。
だが、軍人の行正は、整いすぎた美形な上に、あまりしゃべらない。
蝋人形みたいだ……と見合いの席で怯える咲子だったが。
実は、咲子には、人の心を読めるチカラがあって――。
誘惑の延長線上、君を囲う。
桜井 響華
恋愛
私と貴方の間には
"恋"も"愛"も存在しない。
高校の同級生が上司となって
私の前に現れただけの話。
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
Иatural+ 企画開発部部長
日下部 郁弥(30)
×
転職したてのエリアマネージャー
佐藤 琴葉(30)
.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚+.。.:✽・゚
偶然にもバーカウンターで泥酔寸前の
貴方を見つけて…
高校時代の面影がない私は…
弱っていそうな貴方を誘惑した。
:
:
♡o。+..:*
:
「本当は大好きだった……」
───そんな気持ちを隠したままに
欲に溺れ、お互いの隙間を埋める。
【誘惑の延長線上、君を囲う。】
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる