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第五章 あやかしビールと簡易ふわふわケーキ
ビールを作るのに必要なものは……
しおりを挟む「ほう、びーる、とな」
ご機嫌伺いに中宮のもとを訪れた鷹子は、なんとなくビールの話をした。
最近はなにか新しいものを作っていないのかと問われたからだ。
「夏に呑むと、すっきり爽快らしいですよ。
いえ、私も呑んだことはないのですが」
そうだよな~。
呑んだことないんだから、完成しても、それが正しいビールかはわからないな、と鷹子は気がつく。
晴明に確かめてもらうか。
『とりあえず、ビール』とかいう曖昧さが嫌いだと言っていたが。
ビール自体は嫌いだとは言ってなかったし。
呑んだことないというわけではないだろうから。
「ほほう。
びーるとは、なかなか良い物のようだ。
完成したそれを味わって満足できたら、成仏するかな」
と中宮、寿子は言い出す。
「えっ?
成仏されるんですか?」
「して欲しいのではないのか?
このあやかしだらけの宮廷も、妾が去れば、少しすっきりするやもしれぬぞ」
「はあ。
別に、すっきりしなくてもいいんですけど。
あやかしがいる方が便利ですしね」
「……お前、妾も便利に使うつもりか」
「いえいえ。
中宮様に対して、そんなご無礼な」
はははは……と鷹子は苦笑いした。
確かに、人間にはできないことを頼まないとも限らないからだ。
まあ、別に急いで成仏しなくてもな~。
こうして、霊のままいるのも、この人なりの人生かもしれないし。
転生して生まれ変わるのも、それはそれでいいかもしれないが。
そんなことを考えていて、鷹子は気がついた。
「……よく考えたら、魂って同じ世界に転生するとは限らないですよね」
転生って、近しい霊と同じ場所、同じ時代に生まれ変わることも多いという。
あのとき、もしかしたら、あの白い光に包まれて、世界は終わって。
私たちはこの世界に生まれ変わってしまったのかもしれない。
いや……まだ、向こうの世界も存在しているのかもしれないけれど。
なんだかもう。
どちらも私の世界だ――。
「まあ、とりあえず、ビールに必要なホップ探さないとですよね~」
見学旅行の工場見学で得た知識を頼りに鷹子は思う。
頭の中に記憶として残っている、『ビールができるまで』という細長いパンフレットをめくってみた。
小学生用だから、平仮名多いな、と思いながら。
写真が多用されてるのは助かるが。
「ホップなしでも作れるらしいんですが。
それはそれでハーブ探すのとか、調合してみる手間がかかりますしね~」
できれば、どっちも試してみたいです、と鷹子が言うと、寿子は協力を申し出る。
「よくわからんが、私にできることがあるなら言え。
私の手の者も使ってよいぞ」
寿子が狸の女房を見ると、彼女は、こくりと頷いた。
「ありがとうございます。
ほんとうに皆様にお世話になって。
東宮様もいろいろ助けてくださいますし。
助かっています」
と言うと、寿子は眉をひそめ、
「東宮様も哀れなことよな。
妾には見えんが」
と言う。
「見えないんですか?
あやかし同士でも」
「そんなもの、いっぱい見えたらめんどくさいだろう」
自らもあやかし寄りの人間なのに、寿子はそんなことを言う。
「でもまあ、東宮様は東宮様で、最近ちょっと楽しそうですよ」
そう鷹子が言うと、寿子は、そうか、確かにな、と笑って言った。
「人がどう思うかは関係ないな。
帝も父もみんなも、妾を哀れだと思っておるだろうが。
妾は楽しい。
お前も考えようによっては、哀れな籠の鳥だが。
楽しそうだしな。
……いやまあ、お前は誰が見ても楽しそうか」
哀れな籠の鳥、か。
確かに。
鄙びた伊勢の地にやられ、斎宮に閉じ込められたり。
戻ってきたかと思ったら、休む間もなく、帝のもとに嫁がされたり。
華やかな経歴ではあるが、籠の鳥には違いない。
まあ、指摘されるまで、気づかないので、たいした籠ではないのだろうが、と思いながら、鷹子は少し話したあと、自分の居室に戻った。
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