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第四章 平安カプチーノと魅惑のマリトッツォ
お前は神に近い女だから
しおりを挟む「パンとはなんだったかの?」
鷹子が訪れたあと、ずっと考えていたことを中宮 寿子は口にした。
あれから数日経っていたかもしれないが。
自分の時はゆっくりと流れていて、現実とはかなりズレている。
近くに居た狸の女房に訊いてみたが、小首を傾げ黙っている。
「斎宮女御と話したときには、それがなんなのか、ぼんやりわかるような気がしていたのだが」
狸のくせに忠実な女房はいきなり外に出ていった。
しばらくして、御簾の向こうから、麗しき斎宮女御 鷹子の腕をつかみ、引きずってやってくる。
鷹子は、吉房が夢中なのもわかる美貌の持ち主だ。
いや、顔だけに夢中なのではないようなのだが……。
裏では様々な陰謀が張り巡らされているとしても、表向きは、まったりと暇な宮中。
この女御と関わっていると、いい暇つぶしになることだろう。
「なんなんですか、もう~っ」
と言う鷹子は、どうやら、清涼殿から帰ってくるところを捕らえてきたようだ。
すぐに、
「女御様~っ」
と鷹子と比べると、小柄でふくよかな命婦が御簾を跳ね上げ、飛び込んでくる。
此処が中宮の住まいであることも気にせずに。
自らの無礼を咎められても、女御様をお守り致しますっ、という覚悟のようだった。
一方、狸も寿子の問いに答えるまでは、女御を離さない構えだったので、三人(?)はゴタゴタ揉めていた。
「斎宮女御よ。
パンとはなんだったかの」
そう寿子が問うと、鷹子は、
「え? 今ですか?」
と驚いたように言う。
「あのときにはわかるような気がしたのだがな。
こういう形のものが頭に浮かんだような」
と手でその形を作ってみせると、鷹子は、ん? という顔をした。
「……それは……
コッペパン?
給食とかで出るコッペパンですかね?」
「給食?
それに、コッペパンとはなんだ」
「楕円の……ああ、細長い感じに丸いパンですよ」
と鷹子は寿子と同じ手の形にしてみせる。
「キャロットパンとか。
黒糖パンとか。
レーズンパンとか。
給食ではいろいろバリエーションが……。
あ~、給食って、学ぶ場所で出る食事のことなんですけどね」
鷹子は、パンについてもザックリと説明してくれた。
「小麦粉とか、地獄の業火に焼かれる卵とかを使って作るふかふかした食べ物です」
うむ、ふかふかか、とわかる気がするそれを目を閉じ、寿子は妄想してみた。
「……中宮様も私の世界の方なのですかね?」
ぼそりと鷹子がそう言った。
「あの世界はもう、とうになくなっていて、行き場をなくした霊が此処にたどり着いているのでしょうか」
鷹子は自分が住んでいた世界の話を語ってくれた。
「ふむ。
いや、妾はそのパンのことしか思い出せぬのだが……。
その世界が今もあるのかないのかわからないが。
我らがそこから来たというのなら、死んだらどうなるのであろうな。
そちらの世界が存在しておれは、またそちらに戻るのだろうか」
まあ、真っ先に検証できるのは、妾であろうな、と寿子は笑ってみせた。
「お前は神に近い女。
……いや、まあ、今も頭の上に乗っておるが」
寿子は鷹子を守ろうとするかのように、ちょこんとその頭上に乗り、こちらを見ている小さきイキモノを見る。
「だから、わかっているのであろう。
妾はもう生きてはおらぬ」
いや……と寿子は言いかえた。
「生きておるのか、死んでおるのか、わからぬのだ。
妾は妾を中宮にしておきたい者たちの念によって、この形を保っておるだけなのだ。
父、左大臣は一生懸命、不老不死の実を育てているようだが。
……妹の誰かに中宮の座を譲り渡した方が早いと思うがの。
まあ、吉房はお前に夢中のようだから、もう無理やもしれぬがな」
ほほほほ、と寿子は笑った。
吉房に恋心を抱いたことなど一度もない。
父、実朝は東宮になにかがあって、吉房が天皇となったときのために、自分を早くから吉房に近づけていたようだが。
それは逆効果だった。
近すぎて姉弟のような関係になってしまったのだ。
「……中宮様」
察してはいたのだろうが、改めて自分の口から生死のハッキリしない今の状態を語ったせいか、鷹子は、しんみりとした顔をする。
ほんとうにおかしな娘だ、と寿子は思っていた。
自分が居ない方が中宮になれていいだろうに。
まあ、この娘は中宮になるより、後宮の隅で自由に暮らしたいようなのだが。
「中宮様、今のままで特にご不自由がないのなら。
そのまま、そこにいらしてくださいよ」
と鷹子は言う。
「マリトッツォも完成したら、食べてみてください。
パンに生クリーム代わりのカイマクをたっぷり挟んで、いろいろ果物などを入れようと思っています。
野いちごとか、栗とか。
その季節にあったものを。
そうだ。
サルナシも入れようと思ってるんですよ。
真っ二つにすると、小さなキュウイみたいで可愛いですしね。
キュウイ、わかります?」
「いや。
だが、キュウイとは、サルナシに似たものなのだろう?」
と言うと、鷹子は笑った。
自分たちは同じ世界から来た魂なのかもしれないが。
鷹子は向こうの世界に、自分はこちらの世界に基準を置いている、とわかるやりとりだった。
それがなんだか面白く思えて、鷹子は笑ったのだろう。
「あの、そういえば、何処かの島にですね。
コッコーの実ってものがあったんですよ」
私たちの世界でですけど。
たぶん、此処にもありますよ、と鷹子は言う。
「それ、実はシマサルナシなんですけど。
その島では、不老不死の果実と言われていたらしいです」
中宮様に、ぜひ、召し上がっていただきたいです、と鷹子は微笑む。
「でも、季節が今じゃないんですよね。
もうちょっとお待ちくださいね、一緒に食べましょう」
そんな二人のやりとりを外で聞いているものが居た。
最近、鷹子のところに女房として入ってきた伊予だ。
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