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第三章 あやかしは清涼殿を呪いたい

いい宣伝文句を思いついたんですが……

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「今回、緊急処置として、仕方ないかなとは思うのですが。
 東宮様をあのように身辺警護のように使うのはどうかなとは思っているのですよ」

 クリームソーダをご馳走するために呼んだ晴明と青龍に鷹子はそう言った。

 晴明にはマクワウリのソーダを。

 青龍には珍しい方がいいかと思い、バタフライピーのソーダをあげた。

 青龍は炭酸泉で薄紫になったクリームソーダに、さらに鷹子が用意していた柚子を絞り、ピンク色にして喜んでいる。

「そういえば、クレオパトラがぶどう酒に真珠を溶かして、炭酸ガスを出し、シャンパンみたいにしたって話、ありますよね」

 クレオパトラとかシャンパンとか、なんですか、という顔を命婦はしていたが、晴明はしなかった。

 泡のわずかに残る晴明のクリームソーダを見ながら鷹子は言う。

「左大臣様はいつでも手配しようと言って下さったんですけどね、炭酸泉。
 まあちょっと頼みづらいですよね。

 実は炭酸水で作ってみたいお菓子があるんですが」

 炭酸水ですか、と呟いた晴明は、
「そういえば、隕石の中に強炭酸が入ってることもありますよ」
と言ってきた。

 陰陽師は天文学が仕事ではあるが、その知識はまだないような、と思いながらも鷹子は突っ込まなかった。

「左大臣様に頼むのが嫌なら、降ってくるのを待っていたらどうですか」
と言う晴明に、

「いや、そんな都合のいい隕石が降ってくるのを待ってる間に、世界が終わりそうな気がしますよね」
と鷹子は言う。
 
 そのとき、新しく作ったミルクアイスがまだ金属の器に少し残っているのに気づいた。

「東宮様にもお供えしましょうか」

 早くしないと溶けてしまいそうなアイスを眺め、呟くと、晴明が眉をひそめる。

「そんなものを口にしたら、満足して、成仏してしまわれますよ」

 『怨霊も満足のおいしさ』とかいって売り出せそうだな、と鷹子は思った。


 夜、吉房が鷹子の許に渡ってきた。

「帝、月を眺めながら、お酒でもいただきませんか?」

「それは風流なことだが。
 ……お前、私に襲われたくないから、そのようなことを言うのだろう」
 そう言いながらも、吉房は御簾の上がった鷹子の居室から一緒に月を眺めてくれる。

「ほう、美しい酒だな」

 クリームソーダを入れたのと同じ玻璃のグラスには緑の葉っぱがたくさんと氷が入っていた。

 酒の中に少しの泡。
 グラスの縁にはレモン風に柚子の輪切りが刺さっている。

「パクチーモヒートっぽい日本酒です」

 えーと、と鷹子は言いかえる。

「よく冷えた胡荽こすいの酒ですね
 炭酸がほぼ抜けた炭酸泉もちょっと入れてみました」

「それは意味があるのか……」

 そして、お前は胡荽が好きなのか、と問われる。

「いや~、あの匂い、私も駄目なんですけど。
 でも、胡荽、胃腸にいいらしいし、美しいので呑んでみようかと」

「……確かに美しいな」

「帝、この玻璃の器を手にお持ちください」

 言われるがままに吉房がグラスを持つと、鷹子はカチン、とおのれのグラスを合わせる。

「乾杯」
と間近に見て言うと、吉房が赤くなって視線をそらした。

「呑んでよいのか?」

「どうぞ。
 ああ、そういえば、異国ではこうしてグラスをぶつけるのは、お互いの酒を混ぜ合わせて、毒が入っていないと証明するためもあるそうですよ」

 そんなちょっと混ざったくらいで、と呑みかけた吉房だったが、すぐに、
「毒っ」
と叫んでグラスから口を離した。

 パクチーの香りが鼻から全身に駆け抜けたようだった。

 鷹子も口許まで運んだが、匂いがすごすぎて呑めなかった。

「綺麗なのにな~。
 じゃあ、この胡荽酒を眺めながら、一杯やりましょうか」
と言って、女房たちに普通の酒を用意させる。

「意味がわからんが……」
と吉房は呟いていたが、結局、二人で……

 いや、頭の上に乗っている神様と三人で月の光に輝くパクチーモヒートを眺めながら、呑んだ。

「帝、胡荽でひとつ詠んでくださいよ」

 いや、お前が詠め、と言い合いながら。

「そういえば、青い色を出すのに、露草もやってみたんですよね。
 ちょうど咲き始めたのを見つけたので。

 子どもの頃、青い露草の汁でジュースとか、おままごとでやってたの思い出したので」

 そう言ったあとで、あ、しまった。
 子どもの頃って、あっちの子どもの頃だった、と思ったのだが。

 まあ、この時代の子どもでも露草でジュースくらい作るだろうなと思う。

 ただ、
「ジュース……。
 この間の果物の汁のことか」
と吉房に言われる。

 そうだ。
 問題は呼び方の方だった、と鷹子は苦笑いし、
「そうです。
 ジュース、果物以外でも作ります。

 野菜や果物の汁を飲み物としたときの呼び名です」
と吉房に教えた。

「露草か、あれも鮮やかな色をしておるが。
 色が移ろい変わっていくからな」

 露草は染料としても使われていたが。

 色が布や紙に移りやすいことや、その色がさめやすいことから。
 うつろいやすく、はかないものとして、よく歌にも詠まれていた。

 奈良時代には月草の名で呼ばれていたようで、万葉集にも登場している。

「露草は花のときは綺麗なのに、色水にすると、すぐ黒っぽくなってしまって。
 やっぱりチョウマメの色の安定感、すごいですよね」

「女御よ」
 月を見ながら、吉房が言ってくる。

「いい夜だ。
 ひとつ、露草のいにしえからの呼び名、『月草』で詠んでみよ」

「え……」

 露草でのおままごとを思い出していた鷹子は、心が現代に帰っていて、とっさに歌を思いつかなかった。

 だが、月光の下、吉房は自分を見つめている。

「……つ、

 月草や

  ああ、月草や 月草や」

「なんだそれは……」

「いえ、月草の美しさを短い言葉で表してみようかと……」

 それ以上の追求を避けるように、

「乾杯」
と鷹子は吉房の手にある銀の杯に、おのれの杯をぶつけてみた。

 月光に照らし出された庭の隅を見る。
 早朝、そこに咲いていた露草を思い出しながら、誤魔化すように鷹子は笑った。


                           「あやかしは清涼殿を呪いたい」 完



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