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第三章 あやかしは清涼殿を呪いたい
あと一歩でできそうではあるんですが
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鷹子が花朧殿を退出するとき、女御は見送りに出てきくれた。
上げられた御簾の向こうの庭を見ながら女御は言う。
「もし、ほんとうに東宮様が呪い殺されたのなら、誰にやられたのか、本人はわかっているかもしれないわね」
呪い殺した張本人に祟って出ているかも、と言う女御に鷹子は言う。
「あの……今、呪われているの私と帝なんですけど……」
あら、そう、とどうでもよさそうに言い、じゃあねと花朧殿の女御は奥へ引っ込んだ。
鷹子はそのまま自分の居室には戻らずに、中宮の部屋の前まで行ってみた。
御簾越しに中の気配を窺ってみたが、咎めに出てくる女房も居ない。
「なにをしておられるのですかな」
と言う声に振り向くと、左大臣、実守が立っていた。
「いえ……。
中宮様にも干琥珀をと思ったのですが」
女房の手にある、もうひとつの干琥珀を実守に渡す。
「それはすみませんな。
近頃、斎宮女御様が凝っておられるとかいう舶来の菓子作りの品ですか」
あなたは伊勢の田舎でそんなことばかりしておられたのですか、と言われ、ああっ、そうだっ、と鷹子は気づく。
「そうだっ。
伊勢に居る間にやった方が自由が効いたのにっ。
いやいやっ。
でも、帝が居ないと砂糖くれる人が居ないし。
晴明が居ないと、あやかしが冷やしてくれないしっ」
思わず声に出して苦悩してしまった。
実守は呆れような溜息をつく。
「暇なことでよろしいですな、女御様は」
「そうだ。
左大臣様。
南方よりの貢ぎ物とか左大臣様ほどのお方なら、よくありますよね?」
「なんですかな。
急に持ち上げてみたりなどして」
私だけではなく、あなたの父君にもいろいろとおありでしょう、と言われる。
「まあ、そうなんですが。
左大臣様の方が多いかなと」
おべんちゃらではなく、実際そうだろうと思い、鷹子は言った。
その権力から言っても、交友関係の黒さから言っても。
「……なにか欲しいものでもあるのですか」
「左大臣様、南の方から珍しい青い花を送られたことはありませんか。
おそらく、チョウマメという名前の」
青い花? と呟いた実守はギクリとしたように鷹子を見た。
……何故、ギクリとする。
「そ、そんなものは知りませんな」
知ってるんだな……。
「お父上にも訊いてみられてはどうですか」
「はあ、訊いてみます。
あと、左大臣様。
左大臣様のご領地に『毒水の湧き出す泉』はございませんか」
「……おかしなことばかり訊いてこられますな、女御様。
私がそのようなものばかり集めて、なにか企んでいるとでも?」
横目に左大臣はこちらを窺ってくるが。
鷹子は、ん? と思っていた。
そのようなものばかり?
毒水はわかる。
だが、何故、南方から来た青い花の話で、なにか企んでいることに……。
鷹子は頭の中に残っている図書室やスマホで見たバタフライピーのページをめくってみた。
「左大臣様」
と呼びかけたとき、実守が先制攻撃するように強い口調で言ってきた。
「あなたにとやかく言われる筋合いではないですな。
そもそも、あなたさえ現れねば、このようなことには……っ」
えっ? どのようなことにっ?
左大臣はそこで言葉を止めると、
「失礼」
と御簾を跳ね上げ、中に入っていく。
今回は華やかな女房たちも見えず、香の香りもしなかった。
ただ奥の方に美しい襲の衣を羽織った女が一瞬見えた。
中には入らぬ左大臣の部下たちが苦笑いして、ペコペコ頭を下げてくる。
いろいろすみません。
堪えてくださいというように。
いや、別にいいんですけど……。
でも、なんか気になるなあ、と鷹子はふたたび下りた御簾を見つめていた。
実守に見えぬよう陰に隠れていた神様が、たたたたっと御簾に向かい、走っていったが、弾き飛ばされる。
「……結界?」
鷹子は極普通の御簾に見えるそれを見つめる。
っていうか、神様。
神様が弾き飛ばされてどうすんですか、と思いながら、鷹子は神様をつまんで肩にのせた。
上げられた御簾の向こうの庭を見ながら女御は言う。
「もし、ほんとうに東宮様が呪い殺されたのなら、誰にやられたのか、本人はわかっているかもしれないわね」
呪い殺した張本人に祟って出ているかも、と言う女御に鷹子は言う。
「あの……今、呪われているの私と帝なんですけど……」
あら、そう、とどうでもよさそうに言い、じゃあねと花朧殿の女御は奥へ引っ込んだ。
鷹子はそのまま自分の居室には戻らずに、中宮の部屋の前まで行ってみた。
御簾越しに中の気配を窺ってみたが、咎めに出てくる女房も居ない。
「なにをしておられるのですかな」
と言う声に振り向くと、左大臣、実守が立っていた。
「いえ……。
中宮様にも干琥珀をと思ったのですが」
女房の手にある、もうひとつの干琥珀を実守に渡す。
「それはすみませんな。
近頃、斎宮女御様が凝っておられるとかいう舶来の菓子作りの品ですか」
あなたは伊勢の田舎でそんなことばかりしておられたのですか、と言われ、ああっ、そうだっ、と鷹子は気づく。
「そうだっ。
伊勢に居る間にやった方が自由が効いたのにっ。
いやいやっ。
でも、帝が居ないと砂糖くれる人が居ないし。
晴明が居ないと、あやかしが冷やしてくれないしっ」
思わず声に出して苦悩してしまった。
実守は呆れような溜息をつく。
「暇なことでよろしいですな、女御様は」
「そうだ。
左大臣様。
南方よりの貢ぎ物とか左大臣様ほどのお方なら、よくありますよね?」
「なんですかな。
急に持ち上げてみたりなどして」
私だけではなく、あなたの父君にもいろいろとおありでしょう、と言われる。
「まあ、そうなんですが。
左大臣様の方が多いかなと」
おべんちゃらではなく、実際そうだろうと思い、鷹子は言った。
その権力から言っても、交友関係の黒さから言っても。
「……なにか欲しいものでもあるのですか」
「左大臣様、南の方から珍しい青い花を送られたことはありませんか。
おそらく、チョウマメという名前の」
青い花? と呟いた実守はギクリとしたように鷹子を見た。
……何故、ギクリとする。
「そ、そんなものは知りませんな」
知ってるんだな……。
「お父上にも訊いてみられてはどうですか」
「はあ、訊いてみます。
あと、左大臣様。
左大臣様のご領地に『毒水の湧き出す泉』はございませんか」
「……おかしなことばかり訊いてこられますな、女御様。
私がそのようなものばかり集めて、なにか企んでいるとでも?」
横目に左大臣はこちらを窺ってくるが。
鷹子は、ん? と思っていた。
そのようなものばかり?
毒水はわかる。
だが、何故、南方から来た青い花の話で、なにか企んでいることに……。
鷹子は頭の中に残っている図書室やスマホで見たバタフライピーのページをめくってみた。
「左大臣様」
と呼びかけたとき、実守が先制攻撃するように強い口調で言ってきた。
「あなたにとやかく言われる筋合いではないですな。
そもそも、あなたさえ現れねば、このようなことには……っ」
えっ? どのようなことにっ?
左大臣はそこで言葉を止めると、
「失礼」
と御簾を跳ね上げ、中に入っていく。
今回は華やかな女房たちも見えず、香の香りもしなかった。
ただ奥の方に美しい襲の衣を羽織った女が一瞬見えた。
中には入らぬ左大臣の部下たちが苦笑いして、ペコペコ頭を下げてくる。
いろいろすみません。
堪えてくださいというように。
いや、別にいいんですけど……。
でも、なんか気になるなあ、と鷹子はふたたび下りた御簾を見つめていた。
実守に見えぬよう陰に隠れていた神様が、たたたたっと御簾に向かい、走っていったが、弾き飛ばされる。
「……結界?」
鷹子は極普通の御簾に見えるそれを見つめる。
っていうか、神様。
神様が弾き飛ばされてどうすんですか、と思いながら、鷹子は神様をつまんで肩にのせた。
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