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第二章 姿なき中宮

できましたっ!

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「作っといてなんなんだけど。
 この濃厚なカラメルソースと葛プリンが合うかどうか……」

 合うかどうか……と言いながら、鷹子はすでにカラメルソースがあまりないことに気がついた。

 強い刺激のあの香りに、アリみたいに引き寄せられたみなに懇願され、少しずつ、カラメルソースを分けているうちに、ほとんどなくなってしまったのだ。

「ま、まあいいか。
 葛プリンだけで美味しそうだし」

 吉房がドキドキして待っているようなので、
「帝、プリン出してみられますか?」
と鷹子は訊いた。

 うむ、と吉房は頷き、銀の器に器ごとプリンをひっくり返すと、底を叩きはじめる。

 いや、出ません……。

 っていうか、この人、やっぱり、ぷっちんしたことがあるのでは?

 底の出っ張りを折ろうとしたがなくて、叩いてみた風にも見えたからだ。

「器をもう一度、表に返して、匙で周囲をぐるっと押さえてみてください」

 そう言ってみたが、上手くいかず。

 今度は器とプリンの境目に匙を差し込んで空気を入れてもらう。

 吉房は悪戦苦闘していたが、やがて、つるんっ、と白い葛プリンが器に落ちた。

 落ちた瞬間、葛プリンが、ぷるるっと震える。

 息を詰め見ていた女房たちが感嘆の声を上げた。

「さすがは帝っ」
「お見事ですわっ」

 いや、めっちゃ苦労してたし。

 プリンの端欠けちゃってるけど、という目で晴明と二人、銀の器にのっかるぷるぷるしたプリンを見つめた。

「よし、では、カラメルソースをかけてみましょう」

 鷹子は鍋から匙ですくい、どろりと濃厚なカラメルソースをプリンにちょっとかけてみる。

 すると、白すぎるが、なんとなくプリンっぽく見えた。

「今回は一個じゃないから、みんなもやってみて」

 鷹子の言葉に、みんな、他のプリンを器に開けてみている。

 一度帝がやるのを見ていたせいもあるだろうが、やはり、女房たちの方が手慣れていた。

 あちこちで、つるん、つるんっと葛プリンがそれぞれの器に躍り出る。

 盛り上がる中、いや、これで完成ではない、と鷹子は職人のような目でプリンを見つめた。

 これをプリン・ア・ラ・モードにしなければっ。

 まず、作ってあったカイマクをプリンの周囲に生クリームっぽく置いた。

 そっと野苺をのせる。

 そして、帝が暖かい地域から運んでくれた熟瓜ほそち、熟したマクワウリをメロンっぽくカットしてもらったものを置く。

 うん、熟瓜は正解だったな。

 ぐっとプリン・ア・ラ・モードっぽくなってきたっ。

 さすが、帝が威信をかけただけのことはある。

 次に、切ってタネを除いた枇杷びわを缶詰の黄桃っぽく盛ってみた。

 いいぞいいぞっ。
 カラフルになってきたっ。

 最後にプリンの上にちょこんとカイマクをのせ、その上に支那実桜 しなみざくらの実をのせる。

 甘くはなく小さいが、見た目はちゃんとさくらんぼだ。

 シロップ漬けにすることも考えたが、生き生きとした姿の方がいいかなと思い、今回は生のままのせてみたのだ。

 黒塗りの盆に置くと、銀の器も果物の鮮やかさも、白いプリンもよく映えた。

 インスタ映えしそうだ、と思いながら、鷹子はそれに紙ナプキンで包むように、和紙で包んだ長めの銀の匙を添える。

「プリン・ア・ラ・モード、完成ですっ」

 わあっ、と声を上げる女房たちに、
「みんなも好きなように、飾りつけてみて」
と言うと、はいっ、とそれぞれが思い思いに果物やカイマクを盛りつけはじめた。

 さすが、いつも美しいいろどりの物に触れている女房たちの感性は豊かで、それぞれが美しく個性的なプリン・ア・ラ・モードを作っていた。

「では、帝。
 一口、お召し上がりを」
と鷹子が言うと、吉房は、

「いや、お前があれだけ苦労して作ったのだ。
 まず、お前が食べよ」
と言ってくる。

 だが、鷹子は晴明を見た。

「晴明、あなたのおかげでこのプリンは固まったのです。
 あなたが先に」

「いえ、固めたのは、あやかしです。
 では、あやかしに……」

 いやいや、待て。
 全部食われそうだ、と鷹子は止める。

 結局、鷹子が一番に食べることになった。

 黒い盆にのせたプリン・ア・ラ・モードはなかなかの出来で。

 苦労したせいもあり、ああ、此処にスマホがあったら、記念に写真撮ってから食べるのに、と思いながら、鷹子は一匙すくった。

 ぷるんっ、と葛プリンが震える。

 カイマクとカラメルソースと葛プリンの混ざった味は現代のスイーツを思わせた。

「普通に美味しいっ。
 プリンじゃないけどっ」

 喜ぶ鷹子のあとで、吉房が食べた。

「さ、晴明」
と吉房が晴明にも匙を持たせようとしたが、彼は何故か嫌がる。

「私は最後で。
 みなが食べましたあとで」

 あんなに食べたがっていたのにな、と思ったが、遠慮で言っているのではないようなので、そのままにした。

 結局、晴明はプリンを食べず、みな後片付けをはじめた。

 女房たちがわいわい楽しげにプリンについて語りながら行ったり来たりする中、鷹子は命婦を見る。

 察しの良い命婦はさりげなく、鷹子の周りに多めに几帳を立てた。

 さらに察しの良い女房が二人、それを手伝う。

 中には鷹子と晴明と吉房だけ。

 だが、吉房は三人だけになったことに気づくと、慌てたように周囲を窺い、
「わ、私も出ようかっ」
と言ってきた。

 いやいや、あなた、帝でしょうに。
 何故、そんなに腰が低いんですが、と苦笑いしながら、鷹子は、
「いえ、そのままで」
と吉房に言った。

 晴明に向かい、鷹子は言う。

「帝もプッチンしたことがあるみたいなんですよ」

 晴明は、その言葉の意味を考えているようだった。

「さ、召し上がってください」

 鷹子は半分以上残してあるプリン・ア・ラ・モードを几帳越しに晴明に勧める。

 晴明はようやく一匙すくって口に入れた。

「……プリンではないですね」

 ぽつりと晴明はそう言った。

「これはプリンではないですね。
 そして、これは生クリームではないです……」

 でも、美味しい……。

 小さく晴明は言った。

 なんだか晴明が泣いてしまいそうな気がした。

「そうそう。
 いいものがあるんですよ」

 鷹子は振り向き、女房にそれを持ってこさせる。

 銀の盆にのった三つの丸いガラスの器。

 その中に割った氷の塊と、絞った柑橘類の汁が入っている。

 晴明と吉房が息を呑んだ。

 ジュースだ。

「どうぞ」
と鷹子はそれを勧める。

 全員で一口飲んでみた。

 全員が一口でやめた。

「……女御よ。
 死ぬほどすっぱいぞ」

「ちょっと飲めたものではないですね」

 ですよね~、と鷹子は苦笑いする。

「次回、シロップ作って入れてみます。
 まあ、雰囲気ですよ、雰囲気」

 晴明が食べかけのプリン・ア・ラ・モードと手にしているジュースを見て、少し笑ったように見えた。

 百貨店の食堂のプリン・ア・ラ・モードには、やっぱりジュースを添えたいなと思ったんだ。

 そう鷹子が思ったとき、是頼が吉房が呼びにきた。

 晴明は吉房が退出するのを待っていたかのように、口を開いた。

「決めましたよ」

 え? なにを? と鷹子は几帳の隙間からその顔を見る。



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