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第二章 姿なき中宮
妻としての役目を果たしてもらおう
しおりを挟む夜、強い風にぱたぱたと御簾があおられ、命婦が慌てて巻き上げていた。
「うむ。
いい風が吹いておるな、女御」
寛いだ姿で鷹子の側に座り、吉房は庭を眺めている。
「そうでございますね」
なんかプリンっぽくない気もするけど、とりあえず、葛粉で作ってみようかな~。
わらび粉も葛粉も、どっちもいまいち季節じゃなさそうだけど。
「たまにはお前の琴の音も聴いてみたいものだが」
「そうでございますね」
葛って海外で爆発的に増えて、モンスター扱いされてたみたいだし。
庭でも爆発的に増やせるかもしれないな~。
などと考えていた鷹子は吉房がじっと自分を見ているのに気がついた。
「気もそぞろだな、女御よ。
鬱陶しい私を追い払おうと、鵺でも呼ぶつもりか」
いや、そんなまさか、と鷹子は笑う。
「だって、帝は鵺を恐れないではないですか」
「いや、そういう理由か……」
吉房は横目に鷹子を見ながら、かなり強気に言ってきた。
「砂糖をあんなにくれてやったのに、まだ私を拒絶するつもりか」
いや、妻の心を砂糖で買うつもりか。
そう思いはしたが、吉房が貴重な砂糖を大量に都合してくれたのは確かだ。
「そ、そんなことはないですけど」
鷹子が曖昧なことを言って逃げようとすると、
「では、よいのか」
と吉房は手を握ってくる。
よくはないですね~、と鷹子は逃げ腰になった。
「まだ私には伊勢の神がついておられますし……」
「伊勢の神など何処に居るというのだっ」
と吉房がいい加減、激昂しかけたとき、それはやってきた。
とっとっとっとっと、と床の上を歩いてくる、身体の半分くらいありそうな飴を抱えた、白い神官服を着た童のようなもの。
「なんだこれは……」
と目の前を横切るそれの襟首を吉房は摘む。
飴をころんと落としたちっちゃな男の子は叫んだ。
「無礼であろうっ。
私はお前が仕える伊勢の神であるぞっ。
……あっ」
あっ、というのは、白くてすべすべしたその神様の頬を吉房がつついたからだ。
「お前っ、世界を滅ぼすぞっ」
「私につつかれたくらいで、飴を落として半泣きになる奴が世界を滅ぼせるのか」
「やめてあげてください、帝……」
それ、と鷹子は言いかけ、失礼、と言い直す。
「その方は本当に伊勢の神様なのです」
吉房が離した神様を鷹子は両手でふわりと受け止める。
神様は鷹子の腕を伝い、肩によじのぼった。
「伊勢に居る間に、このように懐かれてしまいまして。
一緒に、ついて来てしまわれたのです」
帰京するための禊のとき、脱いだ衣にひっついて、一緒に谷川に落とされそうになりながらも神様はついてきた。
「お前の方が無礼だろう。
懐いてるとか言ってるぞ、神様に……」
ほんとうにこれ、神様なのか。
騙されてないか、と胡散臭げに吉房は言う。
「お前が時の帝とはっ。
京の都も落ちぶれたものだっ。
鷹子っ」
「はい」
「鵺を呼んで、こいつをやっつけろっ」
「……神様。
確かに私は鵺を呼べますが。
あれは人を襲いません。
トラツグミというただの鳥なのです。
羽音もせず移動するので、いきなり耳許で鳴かれたりして、みな恐ろしがるだけなのですよ」
私はトラツグミを手懐けただけです、と鷹子が言うと、
「そうなのかっ」
と神様は可愛らしく返事をする。
「いや、こいつ、神様なのに、なんでなんにも知らないんだ……」
お前、絶対、騙されてるぞ、と吉房は鷹子に言う。
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