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第一章 鵺の鳴く夜
非時香菓
しおりを挟む左大臣がふたたび、鷹子を狙う案を練りはじめたその頃、鷹子は庭を眺めながら、考えていた。
『実は左大臣、藤原実守様が密かに非時香菓を育てていらっしゃるとか』
そう晴明は教えてくれたけど。
やっぱ、柑橘系はナシにするかな~。
この時代どうだったか知らないけど。
昔の蜜柑は、種が多かったと聞く。
その方が子孫繁栄に繋がり、縁起が良いとされていたからだ。
非時香菓、ほんとうに橘の実なのか気になるけど。
縁起が良い柑橘類なら、種が多いかもしれないよね。
酸味があるのもいいかもって思ったけど。
種が多いとめんどくさいから。
「やっぱ、いらないや、非時香菓」
と呟いて、ええっ? と命婦に振り返られた。
「晴明様、晴明様」
陰陽寮の地下に掘られた涼しい洞穴に晴明は居た。
ひんやりとした空気が何処からともなく入り込んでくるこの怪しい穴は、冷蔵庫代わりに使われている。
陰陽寮で使いっ走りをやっている少年、青龍が下りてきて言った。
「なにをしてらっしゃるのですか? 晴明様」
「いや、斎宮女御様が、めでたい果実も良いが、変わった果実も良いと言っていたのを思い出して。
そういえば、変わった果実があったなと」
と言いながら、手にしていたものを見せる。
何処からか流れ着いたその謎の果実には顔があり、ほほほほ、と翁のように笑っている。
「……そういうんじゃないんじゃないですかね? 女御がお求めなの」
と青龍は言った。
「というわけで、止められたので、持っては参上しなかったのですが」
と晴明に言われた鷹子は、
誰だか知らないけど、その止めてくれた人、ありがとう、と思っていた。
そんな笑う翁の顔がついた果実とか、スイーツに使えるか。
「気持ちだけ受け取っておくわ。
ありがとう、晴明。
そして、決めたのよ。
なにを手に入れるか」
一比古よっ、と鷹子は言った。
「一比古《いちびこ》ですか?」
苺はもともとは日本では伊致寐姑、或いは、一比古《いちびこ》という名で知られていた。
中国などで乾燥した苺が、覆盆子という名で漢方薬として使われていたせいで、覆盆子とも呼ばれていたらしい。
今でいうキイチゴというか、野苺などのことのようだ。
今の苺とは違うけど、どっちでも美味しそうだな、と鷹子は思っていた。
なにより、ちっちゃくて可愛いしな。
赤は魔除けにもなるというし。
暗殺者も退けられるかもしれない、などとしょうもないことを考えながら、鷹子が頭の中でスイーツの設計図を作っていたとき、是頼がやってきた。
「ああ、これは晴明様」
と何故か晴明を見て苦笑いしたあとで、
「鷹子様、もうすぐ牛の乳が到着いたします」
と報告してきた。
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