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第一章 鵺の鳴く夜
この世界の安倍晴明は若いイケメンらしい
しおりを挟む「女御、安倍晴明でございます」
鷹子は御簾の向こうで平伏する男を見た。
稀代の陰陽師、安倍晴明か。
この世界にも居るんだな~。
鷹子の世界の安倍晴明は結構いい年になってから陰陽寮に入ったらしいが。
この世界の安倍晴明は、まだ若く美しい。
「帝から女御をお守りするよう、仰せ付かりました」
「そうですか、ありがとうございます」
と声をかけると、晴明はその白く整った顔を上げる。
……水面の月より、美しいこの顔を眺めていた方が歌でも詠めそうだけどな。
実際、晴明が来ると聞いたからだろう。
特に用もないのに、さっきより女房たちが増えている。
「私は大丈夫ですよ。
私の側にいるより、鵺を退治に行った方が早く騒ぎが治まるのでは?」
逃げ惑う人々を眺めながら鷹子は言ったが。
晴明は、
「退治ですか。
なにか悪いことしましたか? 鵺」
と半笑いで訊いてくる。
御簾があるのに、直接見つめられているような眼力だった。
この人はどんな衝立の向こうにあるものでも、すべてお見通しなのだろうなと鷹子は思った。
もしかしたら、私が異世界からやってきた女子高生であることも――。
「鵺はただ、鳴いているだけではないですか」
そんな晴明の言葉に、そりゃそうだ、と鷹子も思う。
ただ人々がその声に勝手に不吉なものを感じて怯えているだけだ。
「そうですね。
では、晴明。
そこで逃げ惑っている方々に声をかけてあげてください。
貴方が来ているというだけで、心強く感じるでしょう」
鷹子がそう言うと、わかりました、と晴明は頭を下げる。
だが、立ち上がり行きかけた晴明は足を止め、鷹子に訊いた。
「あまり騒ぎが治らないようなら、鵺を退治してもよろしいですか?」
「……何故、私に訊くの?」
少し笑って鷹子が言うと、わかりました、では、と言って、晴明は庭に下りていった。
暗闇に映える白い狩衣姿の彼に気づいた貴族たちが慌てて、駆け寄っていくのが見えた。
「ああ~、もう行ってしまわれましたわね~」
命婦たちが残念そうに言うのが聞こえてきた。
女房たちの視線は去っていった晴明の後ろ姿をいつまでも追っている。
ま、あれだけの美形だもんな。
しかも、稀代の陰陽師。
神秘的なあの容姿で微笑まれたら、イチコロだよね。
……まあ、今のところ、嫌味な感じに微笑んでるところしか見たことないんだが。
「みなが恐ろしがるといけないから、もう戻りましょうか」
と鷹子は席を立つよう促したが、命婦たちは、
「別に恐ろしくなどございませんわ。
鵺の声は聞いても、姿を見たことはございませんし」
と特に気にする風にもなかった。
不気味な声で鳴く鵺の姿を見たものはほとんどいない。
なので、サルの顔にタヌキの胴体、虎の手足に蛇のしっぽがついているとか。
あるいは、背中は虎で、狐のしっぽがついているとか。
様々な憶測が乱れ飛んでいるようだった。
それが、より鵺を恐ろしいモノにしているようだったが。
「長く生きておりますと、そんなものより、恐ろしいもの、幾らもございますから」
ほほほほほ、と年配の女房たちは笑って言っている。
まあ、年配といっても、鷹子のいた世界では充分若い娘で通用する世代ではあるのだが。
「そうですわ。
それに、此処には斎王様がいらっしゃいますからっ」
近くにいた若い女房がキラキラした目で鷹子を見上げてくる。
いやいやいや、と鷹子は思った。
元斎王だからって、特になにもできませんけどね、と。
誰も帰りたいようにはなかったので、鷹子はまた腰を下ろした。
命婦たち、都から遠い伊勢の地までともに下って戻ってきた女房たちは、特に肝っ玉が据わっている。
普段は洒落めかし、格好つけている公達たちが逃げ惑う様を見ては、面白がり、批評していた。
「見てると面白いですわね」
と高笑いしながら。
鵺はまだ鳴いている。
あちこち音もなく移動し、鳴き声だけが四方八方から聞こえてくるのが、庭にいる者たちには恐ろしいようだった。
その様子を見ながら、
「なにか詠みたくなってきたわ」
と鷹子は呟く。
非常に興味深い光景だったからだ。
美しい月を眺めているよりも。
「どうぞ、女御様」
といつも気の利く若い女房に、筆といい香りのする紙を渡された。
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