パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

文字の大きさ
上 下
92 / 101
ひとつ、私の願いが叶いました

そこは否定しろ

しおりを挟む



 そのあと、逸人の母、富美ふみから電話があり、結局、店の休みの日に夕食を一緒に、という話になった。

 水曜日。

 久しぶりに逸人の実家を訪ねると、入り口に仁王立ちになっている日向子が居た。

 可愛らしいピンクのワンピースを着ているが、目つきはいつも通りなので、服装が少し浮いている。

 親に、向こうの家にご挨拶に行くんだから、こういうのにしときなさいよ、と言われて着たものの、自分でもしっくり来ていない、という風に見えた。

「来たのね」
と言う。

「来ますよ。
 私の立場も考えてくださいよ~」
と言うと、渋い顔をしていたが、通してくれた。

 門番か……。

 門番、日向子と芽以は一緒に広い廊下を歩いた。

 逸人は少し後ろをついてきている。

 日向子は、彼女も小さな頃からよく訪れていたのだろう、相馬そうまの家の廊下の天井を見上げながら急に語り出した。

「あんたと私、どっちも圭太たちと小さな頃から一緒に居たのに。

 会ったことなかったのは、圭太があんたにメロメロなところに出くわさないよう、圭太の両親が仕向けていたからなんでしょうね。

 私が圭太を気に入っているのを知っていたから、うちの家と揉めないように」

 いつか甘城あまぎの家が、圭太が社長となるときの後ろ盾となってくれるように。

「そうか。
 そういう親心だったんですねー」

「大きくなってからは、親に言われて、圭太がそのようにしてたんだと思うわ。
 そういうとこ、圭太もちょっと卑怯よね」
と言う日向子に、

「そうですか?」
と言うと、

「……卑怯だと思いたいの。
 少し、圭太から離れてみようかと思って。

 今、圭太の嫌なところを探してるの」
と日向子は言う。

「えーっ、今ですかー?」

 もう婚約もしたのに、と思って、声を上げたあとで、圭太の幼なじみとして、一応、フォローを入れておく。

「ないない。
 ないですよ、圭太に嫌なとこなんて。

 ちょっとチャラいくらいのもんですよ。

 嫌なとこ探そうとしたら、ないなあって気がついて。
 きっと、余計好きになっちゃいますよ」

 だが、二人の仲を取り持とうと思って言ったのに、日向子はそこで、突然、切れた。

「なんなのよ、その発言ーっ。
 あんた、やっぱり、圭太が好きなんじゃないでしょうねっ」

「いやいやいや。
 そんなわけないじゃないですかっ」
と言った芽以は、改めて気がついた。

 そうか。
 そんなわけないのか。

 ……昔から、そんなわけなかったのかもな。

 昔から――

 逸人さんの方が好きだったのかもな。

 だから、いつか、逸人さんと二人きりで遊んだときも、なんだか、ぎくしゃくしちゃって、疲れちゃったのかな、と思いながら、チラと後ろを見てみたが、いつの間にか、逸人は居なくなっていた。

「消えましたよっ?」
と驚き、芽以が声を上げると、日向子も振り返ったが、

「洞窟じゃないのよ。
 自分の家よ。

 部屋にでも行ったんじゃないの?」
と軽く言ってくる。

「そ、そうでしたね。
 でもこの家、昔はなんとも思わなかったんですが。

 逸人さんと結婚した……いえ、結婚する今となっては、魔窟のように感じます」

 姑と舅、そして、小姑がたまに居る魔窟だ。

「……そうね。
 そういう意味では仲良くしましょうね」
と嫁同士、手をつなぐ。

 薄暗い廊下をぽうっと照らす、壁のキャンドル型のライトが雰囲気を醸し出し。

 ますます洞窟探検じみてきたな、と思いながら、日向子と二人、手をつなぎ、歩いた。



しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜

雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。 【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】 ☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆ ※ベリーズカフェでも掲載中 ※推敲、校正前のものです。ご注意下さい

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない

鈴宮(すずみや)
恋愛
 孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。  しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。  その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?

思い出さなければ良かったのに

田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。 大事なことを忘れたまま。 *本編完結済。不定期で番外編を更新中です。

あまりさんののっぴきならない事情

菱沼あゆ
キャラ文芸
 強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。  充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。 「何故、こんなところに居る? 南条あまり」 「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」 「それ、俺だろ」  そーですね……。  カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

処理中です...