パクチーの王様 ~俺の弟と結婚しろと突然言われて、苦手なパクチー専門店で働いています~

菱沼あゆ

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これではまるで盗聴だ……

まさか、部屋の中に……っ?

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 芽以を問いただそうと心に決めたその日。

 逸人は仕事を終えたあと、芽以が厨房にスマホを忘れていることに気づいた。

 ちょうどいい口実が出来た、と思い、芽以の部屋のドアをノックしようとしたとき、中から声が聞こえてきた。

「ごめんなさい。
 待ってた?

 今日も一日お疲れ様」

 芽以?
 誰と話してるんだ……。

 頭の中では、話し相手は圭太になっていた。

 だが、そういえば、芽以のスマホは此処にある。

 まさか、部屋の中に圭太がっ?

 緊張しながら、逸人は戸に耳を当て、中の様子を窺ってみる。

「今日もお客様いっぱいだったよー」
という芽以の言葉を聞きながら、

 待てよ。
 これでは、盗み聞きだな、と気づく。

 しかし、一体、中でなにが、と思いながら、勇気を出して、ノックしてみた。

 他に誰も居ない部屋で、芽以が鏡に向かって、ひとりで話しかけてても怖いなと思いながら。

「はい」
と返事がしたので、開けてみると、芽以は、暗がりで窓辺の机に向かい、ひとり座っていた。

 誰も居ないことに、ほっとしながらも、

 いや、待て。
 じゃあ、こいつ、ひとりで喋ってたのか?
と思って、ちょっと怖い。

 いやいや、もしかして、このスマホとは違う、秘密の通信機器を持っているのやもしれん。

 無線とか、トランシーバーとか。

 いや、そんな嫁も怖いが、と思ったとき、芽以がこちらを振り返り、
「あっ、逸人さんっ」
と叫んだ。

 まずいところを見られてしまったという顔をする。

 さっき、はい、と言ってしまったのは、ノックをされてつい、反射で答えただけだったのだろう。

「……なにしてるんだ?」

 入っていいものなのか迷いながらも部屋に入ると、芽以は、ははは……と苦笑いしていたが、特になにかを隠そうとする様子もなかった。

 近づいてみると、芽以の机の上には、小さな鉢植えがあった。

 芽はまだ出ていない。

「これは?」
と訊くと、

「パクチーです」
と芽以は言う。

「一から育ててみたら、可愛く感じられるかなーと思って」

 芽以なりに、パクチーに近づこうとしているようだった。

「育てて、食べてみるのか?」
と訊くと、

「そうですね」
と言ったあとで、あっ、いや、でもっ、と言う。

 芽以は、まだ芽の出ていないパクチーを見つめ、言ってきた。

「可愛がって育てたら、食べられなくなるかもしれませんよね」

「いや、食べないまま枯らすのも問題だろ」
と答えたあと、二人で、街と月の明かりの下、まだ芽が出ていない鉢を眺めた。

 こうして一緒に眺めていると、なんだか、二人で子どもを育ててるみたいだな、と逸人は思う。

『芽以、子どもを作ってみようか』
とか言ったら、確実に、

『は?』
と言われるな、と思いながら、逸人は芽以の後ろからパクチーの鉢を覗き込み、言った。

「無理にパクチーを好きにならなくてもいいんだぞ、芽以。

 俺は逆に今は怖いんだ……。

 パクチーはいきなり好きになる瞬間が訪れるというが」

 その瞬間が来ることが、今は怖い。

「俺は、こんな感じにパクチーが出てきたら嫌だなとか。

 こんな料理に混ざってたら、香りが強そうで嫌だな、とか。

 自分がこれは強烈に嫌だな、と思う料理を作ることで、お客様にお褒めいただいてきた。

 でも、自分がパクチー好きになってしまったら、そういう発想が出なくなるんじゃないかと思って、ちょっと不安なんだ」

 暗がりなせいもあり、なんとなく、芽以との距離を近く感じ、そんな不安を吐露してみた。
 
 ……芽以、返事がないが、と思いながら、逸人はしばらく黙っていた。


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