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そういえば、いつからそう呼んでいたんだろう
嫁の気持ちがわからない……
しおりを挟む神棚を拝んで、部屋に戻った芽以が、さて、寝ようかと布団に入ったとき、誰かがドアをノックした。
いや、誰かって、逸人しか居ないが。
「はい」
ともう暗くしていた部屋の中で、返事をすると、逸人がドアを開け、
「さっきから元気がないが、どうかしたのか?」
と訊いてくる。
いや、元気がないんじゃなくて、言い出せなかった自分の不甲斐なさに落ち込んでいるだけです、と思いながら、
「なんでもないです。あの……」
と言いかけた。
廊下の明かりを背に立つ逸人に、今、言おっかなーと思ったのだが、やはり、上手く言葉には出来なかった。
絶対、格好いいから、眼鏡かけてみてくださいっ、とか、今、逸人さんには言えないなー、と思う。
日向子さんが、最初から逸人さんを好きだったんじゃないかとか言い出すから、意識してしまうではないですか、と思い、芽以は赤くなった。
あーあ。
日向子さんなら、サラッと言えるんだろうになー。
『あら、逸人。
眼鏡なんて持ってたの?
ちょっとかけてご覧なさいよ』
とか言って。
ああっ。
日向子さんがうらやましいっ、と思った気持ちが、思わず、口からもれていた。
「私、今、日向子さんになりたいです……」
溜息をついて、おやすみなさい、と布団の上に手をつき、正座したまま、頭を下げた。
逸人は、目の前で、土下座なんだか、猫のごめん寝なんだかわからないポーズをとっている芽以を見、ドアを閉めかねていた。
ちなみに、猫のごめん寝とは、手の手の間に猫が顔を埋めて寝ているポーズのことで、今、可愛いと評判になっているようだった。
この間、テレビで見たそれに、今の芽以は似ていて可愛いが。
あれは、なにか困っていることがあると飼い主に訴えているポーズだと聞いた気がする。
俺になんの不満があるんだ、芽以っ。
いや、俺は芽以の飼い主ではないが。
そういえば、今、日向子になりたいとか抜かしたか?
あんな凶悪な女王様になりたいと言う意味かっ?
いや、日向子と入れ替わって、圭太と結婚したいという意味かっ?
とぐるぐる考えていると、顔を上げた芽以が、いつまでも、なにも言わずに立っている自分を見て、不思議そうな顔をした。
「あ、ああ、すまん。
おやすみ」
と言いながら、ドアを閉めたが、なんとなく、もやもやした気持ちが残った。
……芽以の気持ちがわからない。
こんなんじゃ、まだまだかな、と思いながら、『あれ』が隠してある自分の部屋のドアを見つめた。
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