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そういえば、いつからそう呼んでいたんだろう
なまはげ
しおりを挟むもう帰れ、と逸人にドアを閉められた圭太だったが、まだ、ぼんやりそこに立っていた。
芽以と逸人が話している声が微かに聞こえてきたからだ。
なにを言っているのかわからないが、ちょっと甘ったるい感じの芽以の声に、その声がつい最近まで、いつも自分の側にあったことを思い出し、目を閉じる。
そうすると、芽以の声がよく聞こえてきた。
「なまはげ」
……なまはげがどうした、芽以。
いや、さっき、逸人が言ったからか。
そういえば、あいつ、なまはげ嫌いだったな、と思い出す。
子どもの頃、お歳暮になまはげが送られてきたことがあって――
いや、正確には、なまはげというイベントを体験するお歳暮だったのだが。
親たちは知っていたようだが。
大晦日の夜に突然、なまはげが家に押しかけてきた。
さすがの逸人も泣いてソファの後ろに隠れたりして、それを見て、親たちは薄情にも笑っていた。
まあ、二、三歳だったからな、とソファどころか、家を出て、離れまで逃げた圭太は思う。
あれから、自分もなまはげがトラウマだが、逸人もトラウマなようだった。
しかし、しんみり芽以との思い出に浸ろうと思いながら、聞き耳を立てたのに、
「なまはげ」
はないだろうよ、芽以――。
とは思ったが、どんなときもシリアスになり切れない芽以と居るときの空気を思い出し、久しぶりに少し笑った。
そのまま、行こうとしたが、先程まで、しゃがんでいたポリバケツの陰が目に入る。
今まで、堂々と、ど真ん中を歩いてくるような人生だったが、何故か、最近、こういう隅っこが落ち着く。
その、自分に安らぎを与えてくれたポリバケツを眺めながら、先程、逸人が言った言葉を思い出していた。
『兄貴。
日向子と結婚すると覚悟を決めたのなら、日向子を大事にしてやれよ。
結婚が決まる前より、不安定になってるぞ、あいつ』
まあ、確かにこのままでは、日向子と居る意味はないよな、と思ったとき、ふと、気がついた。
……あいつ、俺を兄貴って言ったか?
いつ頃からか、逸人は自分を兄とは呼ばなくなっていたのに。
芽以がいつの間にか、逸人に対して敬語になっていたように――。
振り返り、圭太は暖かな光の漏れる裏口のドアを見る。
まだ、微かに二人の話し声が聞こえていた。
すりガラスのはまったドアを見つめる視界になにかがチラつく。
いつの間にか、また、雪が降り出していたようだった。
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