68 / 101
ある意味、地獄からの招待状
すまん、間をはしょってしまった
しおりを挟む逸人が彬光を厨房に連れていったあと、再び、どっかと腰を下ろした日向子が、おのれの責任逃れのためか、
「なんで私だけが責められるのよ。
逸人だって、いい年じゃない。
私以外の誰かともキスくらいしてるわよ~」
などと言い出した。
そして、言っておいて、芽以の顔を見、
「落ち込まないでよっ、なんなのよっ。
あるでしょ、この年になったら、誰だって、そのくらいのことっ。
あんた、どんだけ逸人を盲信してんのよっ。
あれだって、ただの男よ」
と言ってくる。
「そんなことはありません。
逸人さんは、神様です。
パクチーの神様です」
と芽以が呟くように言うと、
「……全然、ありがたくない感じの神様ねえ」
と同じくパクチー嫌いの日向子は言ってきた。
そのまま、頬杖をついて、逸人達の方を見ている。
そういえば、今日もパクチー嫌いしか集まっていないのだが、この店は大丈夫だろうかと、ふと思ったとき、日向子が言った。
「ところで、あれはいいの?
無駄に逸人を疲弊させてるだけに見えるんだけど」
あのバイト、雇う意味あるの? と。
逸人がホールのことや料理のことを教えても、彬光は、なかなか覚えられないようだった。
しかも、悪びれた様子もなく、すみません~と言いながら、笑っている。
「可愛いんだけど。
究極使えないわね」
「……そのようですね」
でも、そういえば、ファストフードの店で働いていたとは聞いたが、そこで重宝されていたかどうかは聞いてなかったな、と今更ながらに、気がついた。
だが、十日までには、使えるようになってくれないと困るのだが。
その日は、芽以は会社の方に行かねばならないだからだ。
そんなことを考えていたとき、芽以は、窓の外を通りかかった人物と目が合った。
彼は、ああ、と芽以に微笑みかけたが、日向子に気づくと、あ~、という顔になり、視線をそらして、行こうとする。
それに気づいた日向子が立ち上がった。
「ちょっとーっ。
なに逃げてんのよーっ」
と叫びながら、外に出た日向子は、逃げようとした静を捕獲してきた。
静は、いやあ、と苦笑いしながら、
「通りかかったから、お茶でもと思ったんだけど。
めんどくさい美人が居るな~と思って」
と悪びれもせず、言ってくる。
「こんな時間にお茶なんて、貴方、仕事してないの?」
と自分のことはさておき、日向子は静に訊いている。
「ああ、僕、絵画教室とかやってるんで。
まだ時間じゃないから」
絵画教室~?
と胡散臭げに日向子は訊き返す。
「生徒って、若い美人のおねえさんばっかりじゃないの?」
「いやいや、小学生の女の子から、おばあちゃんまで居るよ」
と静は笑って言っている。
やはり、女子ばっかりか……と思っていると、日向子が、
「悪い男を絵に描いたような人ね」
と勝手に決めつけ、言い出すので、まあまあ、と芽以は宥なだめに入った。
「静さん、日向子さんのこと、美人だって、おっしゃってたじゃないですか」
そう機嫌を取るように、言ってはみたが。
でも、日向子さん、美人なんて言われ慣れてるから、特にありがたみもないかもかなー、とも思っていた。
すると、
「静は、美人ってところに意味を見出さない奴だから。
今の発言で重要なのは、めんどくさい、ってとこだけだろ」
いつの間にか、こちらに来ていた逸人が、そんな余計なことを言い出した。
「いやあね、これだから、モテる男たちはっ」
と逸人ごと、ぶった切る日向子に芽以は思っていた。
静さんがモテるのはわかるのですが。
逸人さんもモテるのでしょうか。
いや……、モテるのですよね?
「……朴念仁だから、実はモテないんじゃと安心してました」
と呟く芽以に、日向子が言ってくる。
「あんた……、全部口から出てるわよ」
「……朴念仁だから、実はモテないんじゃと安心してました」
「あんた……、全部口から出てるわよ」
という芽以達の会話を聞きながら、逸人は、おや? と思っていた。
さっきからの話の流れだと、まるで、芽以が俺のことを好きなように聞こえるんだが。
目の前では、日向子が静になにかわめいていて、芽以がそれを止めていた。
彼らが帰ってからは、彬光が失敗を繰り返しては、誤魔化すように笑っていたが、全然頭に入ってこなくて、
「大丈夫だ、問題ない」
という言葉を繰り返していたような気がする。
そんな自分を芽以が、
……いえ、全然、大丈夫じゃないですよ、という目で見ていた。
そして、帰り際、彬光が芽以に、
「マスターは我慢強いですね。
前の店では、先輩も店長も、お前なんぞ、もう知らんってよく言ってたのにー」
と笑って言い、芽以が、
「それでも、二年も雇ってもらってたなんて、よっぽど気に入られてたんですよ、彬光くん」
と苦笑いして言っていた……
……ようだが、いまいち、記憶がない――。
その日の営業が終わったあと、逸人は昼間の芽以の言動について考察しながら、裏口から生ゴミを出しに出た。
すると、また、店用巨大ポリバケツの陰に誰かが潜んでいる。
高そうなコートが汚れるのも構わずに、そこにしゃがみ込んでいたのは圭太だった。
逸人が無言で、その襟首をつかんで、ポリバケツに詰めようとすると、
「生きてるっ生きてるっ。
せめて、殺してからにしろっ」
と圭太が叫び出す。
「ああ、すまん。
間をはしょってしまった」
と呟きながら、逸人は手を離した。
1
お気に入りに追加
57
あなたにおすすめの小説
王子を身籠りました
青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。
王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。
再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
【完結】俺様御曹司の隠された溺愛野望 〜花嫁は蜜愛から逃れられない〜
雪井しい
恋愛
「こはる、俺の妻になれ」その日、大女優を母に持つ2世女優の花宮こはるは自分の所属していた劇団の解散に絶望していた。そんなこはるに救いの手を差し伸べたのは年上の幼馴染で大企業の御曹司、月ノ島玲二だった。けれど代わりに妻になることを強要してきて──。花嫁となったこはるに対し、俺様な玲二は独占欲を露わにし始める。
【幼馴染の俺様御曹司×大物女優を母に持つ2世女優】
☆☆☆ベリーズカフェで日間4位いただきました☆☆☆
※ベリーズカフェでも掲載中
※推敲、校正前のものです。ご注意下さい
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
ルナール古書店の秘密
志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。
その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。
それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。
そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。
先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。
表紙は写真ACより引用しています
わたしは夫のことを、愛していないのかもしれない
鈴宮(すずみや)
恋愛
孤児院出身のアルマは、一年前、幼馴染のヴェルナーと夫婦になった。明るくて優しいヴェルナーは、日々アルマに愛を囁き、彼女のことをとても大事にしている。
しかしアルマは、ある日を境に、ヴェルナーから甘ったるい香りが漂うことに気づく。
その香りは、彼女が勤める診療所の、とある患者と同じもので――――?
思い出さなければ良かったのに
田沢みん
恋愛
「お前の29歳の誕生日には絶対に帰って来るから」そう言い残して3年後、彼は私の誕生日に帰って来た。
大事なことを忘れたまま。
*本編完結済。不定期で番外編を更新中です。
あまりさんののっぴきならない事情
菱沼あゆ
キャラ文芸
強引に見合い結婚させられそうになって家出し、憧れのカフェでバイトを始めた、あまり。
充実した日々を送っていた彼女の前に、驚くような美形の客、犬塚海里《いぬづか かいり》が現れた。
「何故、こんなところに居る? 南条あまり」
「……嫌な人と結婚させられそうになって、家を出たからです」
「それ、俺だろ」
そーですね……。
カフェ店員となったお嬢様、あまりと常連客となった元見合い相手、海里の日常。
極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~
恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」
そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。
私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。
葵は私のことを本当はどう思ってるの?
私は葵のことをどう思ってるの?
意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。
こうなったら確かめなくちゃ!
葵の気持ちも、自分の気持ちも!
だけど甘い誘惑が多すぎて――
ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる