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ある意味、地獄からの招待状
殺るなら今だが……
しおりを挟む「私、一緒に暮らしてはいるんですが。
日向子さんみたいに、逸人さんと打ち解けられません」
と言うと、
「いや、夫婦なんでしょ。
呼び捨てにして、甘えなさいよ」
と日向子も小声で言ってくる。
「あの朴念仁の逸人でも、さすがに二人きりのときは、甘い感じの雰囲気出してくるんじゃないの?」
想像つかないけど、と笑う日向子に、いえ、私も想像つきませんけどね、と思っていた。
「私、昔から、逸人さんを前にすると、緊張してたんですけど。
結婚してから、より一層、それがひどくなっちゃって。
得体の知れない行動とっちゃったりするんですよー」
と言うと、日向子は、わかるわかる、と頷いてみせる。
「私も、圭太の前ではそうだから。
他の人の前では、もうちょっといい女を演じられるのになー」
凍てつく窓の外を見ながら、そう呟く日向子に、
「いい女って演じるものなんですか?」
と訊くと、
「そりゃ、多少は格好つけないとね」
と言ってくる。
そういうものなのだろうか。
よくわからないが……、と思ったとき、日向子は笑って、ああ、という顔をした。
「私、圭太から名前しか聞いたことのない、あんたをずっと敵視してたけど。
あんたは最初から私の敵じゃなかったってことよね」
「……どういう意味ですか?」
「だって、あんた、昔から、逸人にだけ緊張してたんでしょ?
じゃあ、最初から、逸人の方が好きだったんじゃないの?」
芽以は沈黙した。
「いえ……、そのようなことは」
という言葉がすぐには出ない。
あまりにも突飛な展開すぎて。
私が最初から逸人さんを好きだったとか。
いやいやいや、そんな恐れ多い。
だって、逸人さんは、子どもの頃から、なんでも出来て。
何処にも隙が無いから、一緒に居るだけで、緊張して。
幼なじみだと言うのに、向かい合ったら、口をきくのがやっとだった。
特に近年――。
だが、悩む芽以の前で、日向子はカラカラと笑って言ってくる。
「きっとそうよ。
あんたはずっと、逸人が好きだったのよ。
圭太のことは、なんとも思ってないから、側に居て、楽だっただけよ」
「あのー、それ、日向子さんにとって都合がいいから、そういう方向に話を持ってこうとしているだけでは……?」
と疑わしく思い、訊いてみたが。
「でも、私は自分の気持ちは揺るがないわよ。
人になんて言われようともね。
だから、今、私がちょっと言っただけで、そうかもってあんたが思うのなら。
やっぱり、それで当たってるってことなのよ」
そ……そうなのでしょうかね? 俄にわかには信じがたいのですが、と思ったとき、日向子が言った。
「だってさー。
昔から、圭太とキスしたら、ときめいてたけど、逸人とだと、なんにも思わなかったもんねー」
……今、なんと?
「いや、ちっちゃい頃の話よ」
と日向子は笑っている。
「ほら、子どもって、おじいちゃんおばあちゃんとかママとか、チュッてやるじゃない。
それと一緒……
あんた、それは凶器よっ」
芽以は手近にあった棚の上のランプをつかんでいた。
スタンド部分は鉄製になっているアンティークな柄のガラスのランプだ。
「それ、ガレじゃないっ?」
幾らよっ、とわめきながら、日向子は己が身を守るために立ち上がる。
「なによっ。
可愛い子どもの頃の話でしょっ。
みんな微笑ましく見てたわよっ」
「どうした?」
と日向子のために軽い朝食を作って逸人がやってきた。
ああっ。
それは、パクチー抜いたら美味しそうだなと思って、いつも眺めていた、エビがたっぷり入ったエスニック風サンド、パクチー抜きっ。
「私、今なら、日向子さん、殺害しても許される気がしてきました……」
「誰もなにも許さないわよっ。
下ろしなさいよっ、そのランプーッ」
と日向子は逸人の後ろに隠れかけたが、いや、これでは余計に殺されるっ、と思ったのか、逸人から離れて叫び出す。
「助けなさいよっ、逸人っ。
私、今、あんたの嫁に撲殺されそうになってんのよっ」
「どうせまた、なにかお前が余計なこと言ったんだろう。
芽以に謝れ」
「なにその決めつけっ。
あんた、どんだけ嫁が可愛いのよっ」
と日向子が怒鳴ったとき、
「おはようございますー」
と呑気な声がした。
「二時限目、休講になったので、早めに来ちゃいましたー」
とやってきたのは、彬光だった。
「あら、可愛い子」
と殺されるとわめいていた日向子の気がそれる。
殺るなら今だが、まあ、もちろん、殺らなかった。
此処は逸人さんの大事な店だからな、と思ったとき、
「そうか。
じゃあ、とりあえず、厨房に来い」
と今の騒ぎの深刻さをわかっていない逸人は彬光を連れ、さっさと厨房に行ってしまった。
いや、深刻とは言っても、芽以の気持ちの上での問題だが。
……私が、最初から逸人さんを好きとか。
いや、そんな……、と思う芽以の目の前で、日向子が、
「あんた、恥じらう前に、その凶器から手を離しなさいよーっ」
とわめいていた。
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